フィクトセクシュアル

フィクトセクシュアル：架空のキャラクターへの性的な魅力

フィクトセクシュアル（Fictosexuality）とは、アニメ、漫画、ゲームなどの架空のキャラクターに性的な魅力を感じるセクシュアリティです。「Fセク」と略されることもあります。恋愛感情を向ける場合はフィクトロマンティック（Fictoromantic、「Fロマ」）と呼ばれます。これらは医学的な診断名ではなく、当事者自身のアイデンティティを表現するための言葉であり、同時に、フィクトセクシュアルを取り巻く社会構造的な問題を浮き彫りにする概念でもあります。

フィクトセクシュアルの定義と理解

フィクトセクシュアルという用語は、「フィクション（Fiction）」に由来します。社会学者の松浦優氏の研究によると、フィクトセクシュアルは「架空の性的表現を愛好するが、現実の人物には性的な魅力を感じない」または「架空のキャラクターとの性的な営みを望む」といった状態を指します。

すべてのフィクトセクシュアルの人がアセクシュアル（無性愛者）を自認するわけではありませんが、英語圏のアセクシュアルコミュニティや、日本における広義のアセクシュアルコミュニティにおいても使用されています。フィクトセクシュアルの人々は、「生身の他者との恋愛・性関係が規範的なセクシュアリティと見なされる」社会構造を「対人性愛中心主義」と呼び、これがフィクトセクシュアルへの差別や社会からの排除（マージナライゼーション）を招いていると指摘しています。

フィクトセクシュアルに関する研究

人口統計学的調査

フィクトセクシュアルに関する統計調査はまだ限られていますが、日本性教育協会の調査（2017年）では、若者の間でゲームやアニメの登場人物に恋愛感情を持つ経験があると回答した割合が、男女ともに13～17％にのぼることが明らかになっています。

フェミニスト／クィア研究

近年、アセクシュアル研究や性的マイノリティに関する研究において、フィクトセクシュアルが注目を集めています。一部の研究者は、二次元キャラクターへの欲望が、「セックスとは何か」、「社会的な規範が性的アクセスや性的自己実現をどのように阻害しているか」を問い直す契機になると論じています。

また、クィア理論の観点からの研究も行われています。松浦優氏は、二次元におけるセクシュアリティが、支配的な規範を覆す可能性を指摘し、対人性愛中心主義が異性愛規範や性差二元論と結びついていることを分析しています。さらに、対人性愛中心主義は、アセクシュアル研究における「強制的性愛」や、対物性愛研究における「人間性愛規範」とも関連しているとしています。

インタビュー調査からは、フィクトセクシュアルの人々が「強制的性愛」による抑圧を経験したり、性的欲望が必ずしも性交を伴うとは限らないことを示唆する結果が出ています。日本や台湾での調査では、フィクトセクシュアルの人々の行動に、「強制的性愛」や「対人性愛中心主義」への抵抗の可能性が見られると指摘されています。

架空のキャラクターとの関係性

フィクトセクシュアルの人々は、架空のキャラクターと現実を混同しているわけではありませんが、現実の人間と同様にキャラクターと相互作用できないことに葛藤を感じる場合があります。しかし、二次創作やグッズなどを通して、キャラクターとの感情的なつながりを築き、キャラクターの存在を実感することもあります。台湾での研究では、フィクトセクシュアルの人々との関係性は、「関係的認識論」や「分人」という人類学的な概念で理解できると示唆されています。

すべてのフィクトセクシュアルの人が架空のキャラクターとの性的・恋愛関係を望むわけではありません。この点は、「恋愛伴侶規範」というステレオタイプによって見過ごされがちです。フィクトセクシュアル当事者からは、「セクシュアリティ」と「恋愛」の結びつきを自明視する認識への批判がなされています。

マンガ研究

マンガ研究においては、キャラクター像への欲望を理解する上で、「生身の身体」の写像や誇張されたステレオタイプを超えた視点を必要とするという指摘があります。

フィクトセクシュアルを取り巻く課題

差別とスティグマ

「対人性愛中心主義」が支配的な社会では、フィクトセクシュアルの人々はスティグマ化されたり、社会から見えなくなったりすることがあります。その結果、孤立や孤独感を経験する可能性があります。また、フィクトセクシュアルは単なる「趣味」と見なされ、LGBTQ+コミュニティから排除されることもあります。二次元キャラクターへの性的な魅力は、ノンヒューマンへの欲望であるにも関わらず、人間に対する特殊な嗜好と誤解されることがあり、特に未成年キャラクターへの欲望は、現実の児童への性的関心の表れと誤解される危険性があります。

フィクトセクシュアルのコミュニティとアクティビズム

フィクトセクシュアルの人々はオンライン上で、対人性愛中心主義を批判する発言を行っています。対人性愛中心主義批判は、レイプカルチャー批判やフェミニズム、LGBTQ+運動との連帯を志向するものです。

2019年には台湾で世界初のフィクトセクシュアル運動団体が設立されました。この団体は、フェミニスト系書店やアセクシュアル団体と連携し、啓発活動を行っています。また、二次元キャラクターとの結婚を求める運動も存在し、署名活動などが行われていますが、現時点では法的に認められていません。二次元キャラクターとの結婚をめぐる議論では、その行為を軽視する態度が、社会の現状を当然のものとして強制してしまう危険性を指摘する声もあります。

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