フェリクス水道

フェリクス水道（ラテン語: Aqua felix）は、16世紀後半のルネサンス期、イタリアのローマに建設された重要な水道です。当時のローマ教皇シクストゥス5世（在位1585年-1590年）の指示により造られ、その名称は教皇の教皇就任前の本名であるフェリックス・ペレッティにちなんでいます。この水道は、古代ローマ水道の多くが破壊された後に水供給が困難となっていたローマ市街、特に丘陵地帯への水の安定供給を再開することを目的としていました。日本語では「フェリーチェ水道」と表記されることもあります。

概要と経路

フェリクス水道は、ローマ市街から東南東約24キロメートルに位置する、カシリーナ街道沿いのパンターノ・ボルゲーゼと呼ばれる水源から水を取り入れています。水源からローマ市街までの導水路のうち、最初の約13キロメートルは地下を通る構造となっています。その後、ローマ・ヴェッキア付近で地上に姿を現し、連続したアーチを特徴とする水道橋へと変化します。この水道橋部分は、興味深いことに、古代ローマ時代に建設されたアレクサンドリナ水道、クラウディア水道、マルキア水道といった既存の水道遺構を改築・再利用して構築されました。長い道のりを経て、水道は最終的にローマ市内のクイリナーレの丘に到達し、その終点には現在「モーゼの噴水」として広く知られている「フェリクス水道の泉」が設けられました。

建設の目的と歴史的背景

古代ローマ時代には、多くの大規模な水道網が整備され、市内に豊富な水を供給していましたが、帝国末期から中世にかけてこれらの水道の多くが機能不全に陥り、ローマの給水能力は大幅に低下しました。特に、地表の水源が少ないローマ南東部の丘陵地帯は、水を得ることが極めて困難になっていました。この地域には当時、キリスト教の中心地として多数の修道院が存在しており、安定した水供給は彼らの活動維持に不可欠でした。教皇シクストゥス5世は、荒廃した水道網の一部を復旧し、この地域の水問題解決を通じてローマの復興と再開発を進めることを目指しました。フェリクス水道は、この構想の中心となる事業の一つとして計画・実行されました。

建設と影響

フェリクス水道の設計は、当時の著名な建築家であるドメニコ・フォンターナとその甥ジョバンニ・フォンターナが担当しました。彼らはシクストゥス5世の治世下で多くの建築プロジェクトを手掛けた人物です。水道の建設は比較的迅速に進められ、完成後、まず1589年10月には教皇自身の私邸であったヴィッラ・モンタルトへ給水が開始されました。その後、同年中にはローマ市内の少なくとも27ヶ所の新たな泉に水が供給されるようになり、市民の生活環境改善に大きく貢献しました。この水道の完成により、長らく水不足に悩まされていた地域に再び水が供給され、ローマの都市機能と景観に潤いをもたらしました。

名称の由来と記念碑文

フェリクス水道の名前は、建設者であるシクストゥス5世が教皇に選出される前の本名フェリックス・ペレッティに由来することは前述の通りです。これは、教皇が自身の名を冠することで、この事業への強い思い入れを示したと考えられます。水道の終点である「フェリクス水道の泉」（モーゼの噴水）には、この水道の完成を記念するラテン語の碑文が刻まれています。

SIXTUS V PONT MAX PICENUS
AQUAM EX AGRO COLUMNAE
VIA PRAENEST SINISTRORSUM
MULTAR COLLECTIONE VENARUM
DUCTU SINUOSO A RECEPTACULO
MIL XX A CAPITE XXI ADDUXIT
FELICEMQ DE NOMINE ANTE PONT DIXIT

この碑文は、「ピケヌム（教皇の出身地）出身の最高司祭シクストゥス5世は、プラエネスト街道の左手にあるコルンナの地から、多くの水源を集めてこの水を引いた。水源池からは20マイル（約32キロメートル）、真の泉源からは21マイル（約34キロメートル）の距離を曲がりくねった水路で導き、教皇となる前の自身の名フェリクスにちなんで名付けた」という内容を記しており、水道の基本的な情報や名称の由来を伝えています。

フェリクス水道