フェリックス・デレーユ

フェリックス・ユベール・デレーユ（1873年4月25日 - 1949年2月22日）は、カナダに生まれ、主にフランスで活躍した生物学者です。彼は、細菌を特異的に攻撃するウイルスであるバクテリオファージの発見者の一人であり、これを利用して感染症を治療するファージセラピーを開発したことで知られています。

デレーユの人生は非常に波乱に富んでいました。カナダのモントリオールでフランスからの移民の子として生まれた彼は、幼い頃に父親を亡くし、母親と共にパリへ移り住みます。若年期から冒険心を燃やし、自転車での西ヨーロッパ旅行を皮切りに、南アメリカやトルコなど世界各地を放浪しました。旅先で出会った女性と結婚した後、カナダへ渡り、正式な医学教育を受けていないにもかかわらず、自宅に設けた実験室で微生物学の研究を始めます。文献から知識を得て、発酵や蒸留技術に興味を持ち、メープルシロップからアルコール飲料を作る研究でカナダ政府から評価を得たこともありました。また、生活のために地質調査隊の医師を務めたり、弟と共にチョコレート工場に投資して失敗したりと、様々な経験を積みました。

経済的に困窮したデレーユは、家族を養うため、グアテマラ政府と契約して病院で細菌学者として働きました。ここではバナナを使ったアルコール製造法の開発にも挑んでいます。治安の悪い環境下でも、彼は研究に没頭しました。その後メキシコに拠点を移し、サイザル麻から酒を作る研究に成功しました。この製造を監督するためにパリに戻った際、彼は著名なパストゥール研究所に立ち寄り、研究を続ける機会を得ました。一度メキシコに戻りますが、研究所での研究に専念するため、パリへ帰国し、無給の助手としてパストゥール研究所で働き始めます。メキシコでの昆虫に関する研究が科学界の注目を集め、国際的な学会に招聘されるようになります。第一次世界大戦中は、連合軍のために薬品製造にも協力しました。

デレーユの最も重要な業績は、バクテリオファージの発見と応用です。細菌を破壊する現象は、イギリスの細菌学者ウィリアム・トウォートによって1915年に観察されていましたが、その性質は詳しく調べられませんでした。デレーユは1917年、赤痢の患者の糞便サンプルを研究する中で、赤痢菌を溶かす未知の因子を発見します。彼はこの因子がウイルスであることを実証し、「バクテリオファージ」（細菌を食べるもの、の意）と命名しました。さらに、1919年にはニワトリの感染症治療にファージを用いて成功し、人間への応用を目指すことになります。

しかし、当時の科学界ではファージがウイルスであるというデレーユの説は、その正体が目に見えないことから広く受け入れられませんでした。電子顕微鏡が実用化され、ファージが実際に観察できるようになるまで、彼の理論は批判にさらされます。パストゥール研究所内でも、副所長との対立などもあり、デレーユは不遇な立場に置かれ続けました。

パストゥール研究所を離れた後、デレーユは短期間ライデン大学で働いたほか、エジプトの研究機関に移り、コレラ菌に対するファージの研究を進めました。インドでの活動では、コレラの治療にファージを用いて一定の成果を上げています。1933年にはソビエト連邦の指導者スターリンに招かれ、グルジア（現ジョージア）のトビリシに研究所を設立しました。これは友人の細菌学者ギオルギ・エリアバとの共同作業でしたが、1937年にエリアバが政治的粛清の犠牲となり処刑されたため、デレーユはソ連を離れざるを得なくなりました。しかし、トビリシに設立された研究所（現在のエリアバ研究所）は、ファージ研究の中心地として現在も活動を続けています。

デレーユの研究は、抗生物質が感染症治療の主流となった第二次世界大戦後、一時的に忘れられがちになりました。しかし、抗生物質耐性菌の出現が深刻化する現代において、ファージセラピーは再び注目を集めています。

デレーユはその功績に対し、ライデン大学からの名誉博士号やレーウェンフック・メダルなど、いくつかの栄誉を受けています。また、1924年から1937年の間に複数回（計10回）、ノーベル生理学・医学賞に推薦されましたが、受賞には至りませんでした。1949年、彼はパリでその生涯を閉じるまで、科学への情熱を持ち続けました。彼の型破りな人生と、バクテリオファージに関する先駆的な研究は、現代の医学・微生物学において重要な遺産となっています。

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