フェリド・ムラド

フェリド・ムラド（Ferid Murad、1936年9月14日 - 2023年9月4日）は、アメリカ合衆国の著名な内科医であり薬理学者です。血管の機能に関する画期的な研究で科学界に貢献し、特に生体内における一酸化窒素（NO）の役割の解明はその代表的な業績として知られています。この功績により、彼は1998年にロバート・ファーチゴット、ルイ・イグナロと共にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。

生涯とキャリア

インディアナ州ホワイティングに生まれたムラドは、アルバニア系の家系にルーツを持ちます。彼は学術的な道を深く追求し、ケース・ウェスタン・リザーブ大学にて医学と薬理学の二つの分野で博士号（Ph.D.）を1965年に取得しました。研究者としてのキャリアは、バージニア大学で始まり、1970年には同大学の教授に昇進しました。その後、スタンフォード大学（1981年より）、テキサス大学オースティン校（1997年より）を経て、ジョージ・ワシントン大学にて生化学・分子生物学科の教授を務めるなど、アメリカ国内の主要な研究機関で教鞭をとり、多くの研究を進めました。

一酸化窒素（NO）研究

ムラドの最も重要な研究テーマは、ニトログリセリンをはじめとする特定の薬物が、体内で一酸化窒素（NO）を放出し、血管を弛緩・拡張させる仕組みに関するものでした。当時、血管がどのようにして拡張するのか、その詳細な分子メカニズムは十分に理解されていませんでした。ムラドは、これらの薬物の効果が、体内で生成されるある種の物質を介しているのではないかと考え、その物質が一酸化窒素であることを突き止めました。

彼の研究が特に革新的であった点は、一酸化窒素が単なる気体であるだけでなく、生体内で細胞間の信号伝達を行う重要な分子として機能していることを明らかにしたことにあります。それまで、生体内の情報伝達は主に、ホルモンや神経伝達物質といった「液体」による化学信号、あるいは神経を通る「電気」信号によって行われると考えられていました。しかし、ムラドの研究は、一酸化窒素のような「気体」もまた、細胞応答を引き起こすメッセンジャー分子として働くことを証明し、生体信号伝達の概念を大きく塗り替えました。具体的には、NOが細胞内でグアニル酸シクラーゼという酵素を活性化させ、セカンドメッセンジャーであるサイクリックGMP（cGMP）を生成することによって、血管平滑筋を弛緩させるメカニズムを解明しました。

受賞と評価

一酸化窒素が心血管系の機能調節において果たす役割の発見は、医学に計り知れない影響を与えました。ムラドが行った一連の研究、特にニトログリセリンからNOへの着想とその作用機序に関する初期の発見は、その後の研究の礎となりました。NOが血管弛緩因子（EDRF）として同定され、その生理機能が詳細に解明されたのは、ロバート・ファーチゴットとルイ・イグナロの貢献も大きいです。1998年に三人が共同でノーベル生理学・医学賞を受賞したのは、NOが生体内の重要な信号分子であることを明らかにした一連の業績全体が高く評価されたためです。また、ムラドは1996年には、ロバート・ファーチゴットと共にアルバート・ラスカー基礎医学研究賞も受賞しています。

ノーベル賞選考に関しては、ムラドらとは別に独立してNOの役割を研究し、同様の結論に至っていたサルバドール・モンカダが受賞者に含まれなかったことに対して、一部から批判的な意見が出たことも特筆すべき点です。

研究の応用

ムラドらによるNO研究の発見は、基礎医学のみならず、臨床医学にも広範な影響を与えました。特に、血管をコントロールするこのメカニズムの理解は、さまざまな疾患治療薬の開発につながりました。その最もよく知られた応用例の一つに、男性の勃起不全治療薬として広く用いられているバイアグラの開発が挙げられます。バイアグラは、NOの作用経路に関わる酵素に働きかけることで、血管拡張を促進し、治療効果を発揮します。

晩年

フェリド・ムラド博士は、その後も研究教育活動を続け、科学の発展に貢献しました。彼は2023年9月4日に、カリフォルニア州メンローパークにて86歳でその生涯を閉じました。彼のノーベル賞に繋がる一酸化窒素に関する発見は、循環器学、薬理学、生理学の分野に革命をもたらし、現代医学における重要な基礎知識となっています。

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