フェルディナント・クリスティアン・バウア

フェルディナント・クリスティアン・バウア：テュービンゲン学派の父

フェルディナント・クリスティアン・バウア (1792-1860) は、19世紀ドイツにおける影響力のある教会史家、聖書学者です。彼はテュービンゲン大学の教授として、独自の聖書解釈学派「テュービンゲン学派」を築き上げました。バウアの研究は、ヘーゲル哲学の影響を強く受けたものであり、新約聖書の成立過程や初代教会の内部抗争を新たな視点から解き明かそうとする試みでした。

テュービンゲン学派の台頭

1826年、バウアはテュービンゲン大学の教授に就任します。この時を境に、彼の学説は多くの信奉者を集め、テュービンゲン学派が形成されました。彼の研究の中心は、新約聖書、特にパウロ書簡の解釈でした。特に1831年の著作において、コリント教会における様々な派閥の存在と、それらの対立関係を分析することで、新約聖書の成立過程に関する独自の解釈を発表しました。これは、当時としては非常に革新的で、多くの議論を巻き起こしたものです。

ヘーゲル哲学に基づく聖書解釈

バウアは、ヘーゲルが提唱した歴史哲学の概念を聖書解釈に応用しました。ヘーゲル哲学における弁証法、すなわちテーゼ、アンチテーゼ、そしてそれらを統合するジンテーゼという三段階の論理構造を、初代教会の歴史に当てはめたのです。

彼の解釈によると、初期キリスト教は、ユダヤ教的な伝統を重んじる「ペテロ派」と、それを超えて異教徒への布教を展開しようとした「パウロ派」という二つの主要な派閥から構成されていたとされます。「ペテロ派」の伝統は、ユダヤ教的なメシア観を維持するテーゼとして位置づけられ、「パウロ派」の思想は、それに反するアンチテーゼとして捉えられました。これらの対立と統合のプロセスを経て、最終的に古カトリック教会が形成されたとバウアは主張しました。

新約聖書の成立年代とパウロ書簡の真偽

この歴史観に基づき、バウアは新約聖書の成立年代を再検討しました。そして、「ローマ人への手紙」「ガラテヤ人への手紙」「コリント人への手紙」のみがパウロの真筆であると断定しました。これらの書簡だけが、ペテロ派とパウロ派の対立を示す証拠が含まれていると判断したためです。他の書簡は、後世の偽作であるとみなしました。

テュービンゲン学派の影響と評価

バウアの学説は、当時の聖書解釈学に大きな衝撃を与え、活発な議論を引き起こしました。彼の解釈は、必ずしも現代の聖書研究の主流とはなっておりませんが、新約聖書の成立過程を理解する上で重要な視点を提供したことは間違いありません。ヘーゲル哲学を聖書研究に応用した彼の試みは、後の聖書研究の方法論にも影響を与えました。バウアは1860年に死去するまでテュービンゲン大学で教鞭をとり続け、テュービンゲン学派の指導者として、聖書解釈学に大きな足跡を残しました。

参考文献

ウィンストン・ウォーカー著、野呂芳男、塚田理、八代崇訳『キリスト教史4 近・現代のキリスト教』ヨルダン社、1986年

関連項目

教会史
* アルブレヒト・リッチュル

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