フェヴァーシャムのアーデン

『フェヴァーシャムのアーデン』：実話に基づいたエリザベス朝の家庭悲劇

『フェヴァーシャムのアーデン』は、16世紀のイギリスで実際に起きた殺人事件を基にした、エリザベス朝時代の演劇作品です。この戯曲は、1592年に出版され、同時代に起こった犯罪事件を題材にした現存する最古の家庭悲劇として知られています。

物語の背景

物語の舞台は、イギリスのケント州フェヴァーシャム。主人公トマス・アーデンは、宗教改革の混乱期に財を成した実業家です。彼は、かつて修道院の宿坊であった屋敷に住んでいました。しかし、アーデンの妻アリスは、下層階級出身のモズビーという愛人と関係を持っており、二人は夫の殺害を企てます。

事件の発生と顛末

アリスとモズビーは、何度か殺害計画に失敗した後、ブラック・ウィルとルーズバッグ（劇中ではシェイクバッグ）という二人組の殺し屋を雇います。1551年2月14日、アーデンはついに殺害され、遺体はセントバレンタインデーの祭りに訪れた人々の仕業に見せかけるために、雪の中に放置されます。しかし、雪が止み、足跡が家まで続いていたことから、事件は発覚。犯人たちは逮捕され、裁判で有罪判決を受けます。アリスは火あぶりに、モズビーは絞首刑に処されました。ブラックウィルは逃亡しましたが、その後処刑されたとされています。ルーズバッグは脱獄し、行方不明となりました。

この事件は、ラファエル・ホリンシェッドの『年代記』を通じて当時広く知られており、同時代の人々にとっては記憶に新しい出来事でした。

戯曲の特徴と主要人物

この劇は、殺人事件だけでなく、登場人物の複雑な心理描写や社会的な背景まで、ホリンシェッドの記録に忠実に描かれています。主要人物は実名で登場し、アーデンの不誠実な性格、アリスの情欲と階級への反逆、モズビーの野心、殺し屋たちの愚かさなどが、ドラマティックに描かれています。

トマス・アーデン: フェヴァーシャムの前市長で、財を成した実業家。しかし、不誠実で横暴な人物として描かれています。
アリス・アーデン: トマスの妻で、愛人モズビーと共謀して夫殺害を企てます。
モズビー: アリスの愛人。彼女のメイドのスーザンの兄弟です。
ブラックウィルとシェイクバッグ: アリスとモズビーに雇われた殺し屋。コミカルな場面も多いです。
* フランクリン: トマス・アーデンの友人。

作者を巡る謎

『フェヴァーシャムのアーデン』は、作者が不明の戯曲です。トマス・キッド、クリストファー・マーロウ、ウィリアム・シェイクスピアなど、著名な劇作家の名前が作者候補として挙げられていますが、決定的な証拠は見つかっていません。特にシェイクスピア説は、文体や語彙の分析から有力視されることもありましたが、議論は今も続いています。

コンピュータを用いた計量文献学による分析も行われており、戯曲の中間部分にはシェイクスピアの作風に似た特徴が見られるという研究結果も出ています。一方で、トマス・キッドを支持する研究者もいます。

後世への影響と現代での上演

この戯曲は、エリザベス朝時代から現代に至るまで、多くの人々に読まれ、上演されてきました。ジョージ・リロによる改訂版は3世紀近く上演され、20世紀以降はオリジナル版が再評価され、現代でも上演されています。また、バレエやオペラなど、様々な形で翻案されています。

1955年には、ジョーン・リトルウッド演出によりパリ国際演劇祭で上演され、その後もロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどの劇団によって、繰り返し上演されています。また、事件の舞台となったフェヴァーシャムでも、実際にアーデン家の庭で上演されたこともあります。

このように、『フェヴァーシャムのアーデン』は、実話に基づいた衝撃的な内容と、作者を巡る謎、そして現代まで上演され続ける人気によって、演劇史において重要な位置を占めている作品です。

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