フォノトグラフ

フォノトグラフ：音を可視化した初期の装置

フォノトグラフは、1857年にフランス人技師エドゥアール＝レオン・スコット・ド・マルタンヴィルによって発明された、音声を波形として記録する初期の装置です。これは、音の振動を物理的な形で捉え、研究するための画期的な試みでした。

歴史

初期のフォノトグラフは、ススを塗布した紙の上に樽状の箱を設置し、その箱の底の振動を針に伝え、紙に音の波形を記録する仕組みでした。後に、回転するドラム状の紙に振幅を記録する、地震計のような装置へと改良されました。この改良により、音の振動を曲線としてより明確に記録できるようになり、当時の学術研究に大きく貢献しました。

さらに、記録媒体はガラス板の煤へと進化しました。これは、写真乾板が用いられていた時代に、音の振幅を写真のように複製するのに適していました。これらの記録は、音を波形図として可視化し、学術雑誌での発表に利用されました。

再生の試み

フォノトグラフの記録は、機械的な再生を目的としたものではありませんでした。記録されたのは、あくまで音の振動を波形として表したものであり、実際の音声を再生する技術は含まれていませんでした。しかし、その基本的な構造は、後にトーマス・エジソンが発明した蓄音機に似ていました。エジソンの蓄音機が溝に振幅を刻むのに対し、フォノトグラフは煤の上に図形を記録するにとどまりました。

しかし、2008年3月、フランス科学アカデミーは、フォノトグラフによって記録された図形をコンピュータで解析し、1860年4月9日に録音されたフランス民謡「月の光に」の再生に成功しました。当初、技術的な誤解から倍速で再生されたため、女性や子供の声とされていましたが、翌年、正しい再生速度が判明し、発明者ド・マルタンヴィル自身のゆっくりとした男性の声であることが判明しました。また、1857年の音声記録も発見されましたが、記録速度が不安定で適切に再生できませんでした。これらは、現在知られている最古の録音です。

イヤー・フォノトグラフ

電話機の発明者として知られるアレクサンダー・グラハム・ベルは、耳科学の研究者クレアランス・J・ブレイクと共に、1874年にフォノトグラフを参考に、イヤー・フォノトグラフと呼ばれる装置を開発しました。この装置は、人間の死体から取り出した中耳を用いて、耳小骨の動きをガラス板の煤に記録し、耳の機能を研究するものでした。イヤー・フォノトグラフは、ベルがろう教育の一環として、音の振動を視覚化するために作られたものですが、後に電話の発明に繋がる重要な役割を果たしました。この装置は、空気振動を振動板を通して電気信号に変換する電話の原理の基礎となったのです。

2016年、カナダ国立科学博物館でイヤー・フォノトグラフの復元プロジェクトが行われました。その過程で、既存の顕微鏡を改造して作られたことが明らかになりました。ベルとブレイクが人体を入手できたのは、ブレイクが医学分野との繋がりが強かったためですが、当時の研究環境において、正当な同意に基づいていたのかという倫理的な問題は、今も議論の対象となっています。復元実験では、中耳の大部分を3Dプリンターで、鼓膜をシリコンで、耳小骨をツゲの木で再現しましたが、ベルらの記録ほど繊細な筆跡は得られなかったと報告されています。

まとめ

フォノトグラフは、音を波形として記録するという斬新なアイデアで、その後の録音技術の発展に大きな影響を与えました。また、イヤー・フォノトグラフは、耳の機能研究だけでなく、電話の発明にも貢献しました。これらの初期の音響記録装置は、科学技術の進歩と、それに伴う倫理的な問題について考える上で、貴重な歴史的遺産と言えるでしょう。

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