フォボスの影

フォボスの影（フォボスのかげ、Phobos shadow）は、火星の衛星フォボスが火星の地表に落とす半影です。火星のごく近く（平均軌道半径約9,377km）を周回しているフォボスは、太陽系で最も主星に近い衛星の一つであり、そのため火星の表面に頻繁にその影を投影します。このフォボスの影は、様々な宇宙探査機によって観測されており、影が地表を通過する際には、その地点でフォボスの太陽面通過として観察される現象です。

観測の歴史

フォボスの影は、火星探査の初期段階から観測対象となっていました。1970年代に火星に到達したNASAのバイキング計画では、バイキング1号着陸船が火星表面で移動するフォボスの影を検出しています。着陸船は、周囲よりもわずかに暗い領域として影を捉え、その影が秒速約2キロメートルという速さで観測範囲を約20秒で通過する様子を記録しました。また、周回軌道上のバイキング1号オービターも、この影をより広い範囲で撮影しています。
その後、より詳細なフォボスの影の画像を取得するため、1997年に火星に到着した探査機マーズ・グローバル・サーベイヤー (MGS) が重要な役割を果たしました。MGSに搭載された高解像度カメラ（Mars Orbiter Camera; MOC）は、1999年以降、フォボスの影の鮮明な画像を複数撮影しました。

1999年の高解像度画像と正確な時刻

マーズ・グローバル・サーベイヤーによる観測の中でも、特に注目されるのは1999年8月26日に捉えられたフォボスの影の高解像度画像です。この画像は、同年11月1日にアメリカ航空宇宙局 (NASA) から報道向けに公開されました。
ただし、この画像に付記されていた時刻情報は、影が地表に投影された正確な瞬間を示すものではなく、画像を構成するデータの「撮影開始時刻」であったという点に注意が必要です。MGSは火星の極上空を通る軌道を約118分で周回しながら、直下の地表を帯状に連続撮影しており、一枚の細長い画像データ全体を撮り終えるのに約1時間かかる仕様でした。
そのため、画像の中の特定のピクセル位置に写っているフォボスの影が、実際にいつ撮影されたかを知るには、撮影開始時刻から、影が捉えられているピクセル位置に対応する撮影経過時間を精密に計算する必要があります。具体例として、前述の1999年8月26日の画像の場合、撮影開始時刻が03:26:13.01 UTCであったのに対し、影が捉えられた実際の時刻は、詳細なピクセル位置情報とスキャン速度から計算され、04:00:33.3 UTCであったと特定されています。このように、画像データに記録された情報から現象の正確な発生時刻を割り出す作業が行われました。

その他の観測画像

マーズ・グローバル・サーベイヤーは、1999年の高解像度画像以外にも、フォボスの影を捉えた多くの画像を撮影しています。しかし、これらの多くは比較的低解像度であり、高解像度画像ほど詳細な情報は得られませんでした。これらの低解像度の画像も、1999年11月1日のNASAのプレスリリースに含まれていました。

関連事項

フォボスの影が火星の地表を通過する現象は、その地点から見れば、フォボスが太陽の前を横切る「フォボスの太陽面通過」として観察されます。これは地球から観測される金星や水星の太陽面通過と同様の現象ですが、フォボスが火星に近いため、太陽面を素早く移動するという特徴があります。フォボスの影の観測は、この太陽面通過現象の地上での現れ方として理解することができます。

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