フォルスタッフ (エルガー)

エドワード・エルガー：交響的習作『フォルスタッフ』作品68

エドワード・エルガー（Edward Elgar, 1857-1934）による交響的習作『フォルスタッフ』（Falstaff – Symphonic Study ）作品68は、彼の主要な管弦楽作品の一つとして知られる標題音楽です。イギリス音楽の復興期において重要な役割を果たしたエルガーが、円熟期に作曲した大作です。

この作品は、1913年に開催された権威あるリーズ音楽祭からの委嘱によって作曲されました。同年に行われた同音楽祭において、作曲者自身の指揮によって初演されています。エルガーは、この依頼を受けて、かねてより構想していた題材に取り組む機会を得たとされています。

楽曲の形式は、フランツ・リストやリヒャルト・シュトラウスといった、ドイツ語圏の作曲家たちが確立・発展させた「交響詩」というジャンルを採用しています。交響詩は、文学作品や絵画、歴史上の出来事、あるいは哲学的概念といった非音楽的な題材に基づき、その内容を音楽によって描写・表現しようとする管弦楽作品です。エルガーは先行する作曲家たちの手法を取り入れつつ、彼独自の語法でこの形式を昇華させました。

作品の題材となっているのは、偉大な劇作家ウィリアム・シェイクスピア（William Shakespeare）の歴史劇に登場する架空の人物、サー・ジョン・フォルスタッフ（Sir John Falstaff）です。特に、エルガーがこの作品で焦点を当てているのは、『ヘンリー四世』（King Henry IV）第一部および第二部に描かれるフォルスタッフの姿です。フォルスタッフは、太鼓腹の年老いた騎士でありながら、楽天的ながらもずる賢く、享楽的な性格の持ち主として描かれています。彼は若き日のヘンリー五世（当時はハル王子）と親しく交わりますが、王子の即位によってその関係は変化していきます。

楽曲は全体として切れ目なく演奏される単一楽章形式をとっています。しかし、作曲者エルガー自身が初演に際して行った解説によれば、この単一楽章の中には明確な構成があり、二つの短い間奏を挟んだ四つの主要な部分から成り立っているとされています。この構成は、シェイクスピアの戯曲におけるフォルスタッフの生涯や、彼が登場する重要な場面の展開を追体験するかのように設計されています。

具体的には、それぞれの部分が劇中の異なる時期や出来事を描写していると解釈されます。例えば、フォルスタッフの若き日の荒々しさや陽気な放蕩ぶり、彼が関わる滑稽な事件、ハル王子との関係性の変化、そして晩年の寂しさや失意といった、フォルスタッフという人物の多面的な性格や波瀾万丈の生涯が、多様な主題やオーケストレーション、楽想の対比によって巧みに描き出されています。エルガーは、音楽によって劇中の登場人物や情景を鮮やかに描写する手腕を発揮しており、聴き手はまるで音による演劇を鑑賞しているかのような感覚を覚えるかもしれません。

交響的習作『フォルスタッフ』は、エルガーが標題音楽というジャンルで到達した一つの頂点を示す作品であり、その巧妙な構成と豊かな音楽的内容によって、今日でも彼の重要な管弦楽作品の一つとして高く評価されています。シェイクスピア文学への深い理解と、それを音楽へと変換するエルガーの才能が見事に結実した傑作と言えるでしょう。

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