フォルティ・タワーズ

『フォルティ・タワーズ』（原題：Fawlty Towers、日本では『Mr.チョンボ危機乱発』の邦題で紹介）は、イギリスを代表するシチュエーション・コメディ番組です。1975年と1979年の二度にわたり、BBC Twoにて放送されました。舞台はイングランド南西部の保養地、デヴォン州トーキーにある海辺のホテル「フォルティ・タワーズ」。このホテルで巻き起こる日常の騒動を、30分という限られた時間の中に複数のエピソードを巧みに織り交ぜ、見事なオチへと収斂させていく計算され尽くした脚本が特徴です。

全2シリーズで制作されたエピソードはわずか12話ですが、その質の高さから放送終了後も高く評価され続け、2000年に英国映画協会（BFI）が選出した「偉大な英国テレビ番組100選」では見事1位に輝くなど、英国史上最高のコメディの一つとして今日まで根強い人気を誇っています。日本では東京12チャンネル（現在のテレビ東京）で『Mr.チョンボ危機乱発』として放送され、紹介されました。

誕生の背景と制作

番組の着想源となったのは、モンティ・パイソンのメンバーがかつてトーキーで宿泊した実在のホテル「グレンイーグルズ」でした。宿泊客の中にいたジョン・クリーズとコニー・ブースは、そのホテルのオーナー、ドナルド・シンクレアの常軌を逸した振る舞いに強い印象を受け、キャラクターの原案を思いついたとされています。シンクレアは宿泊客の食事の作法に難癖をつけたり、「爆弾かもしれないから」と顧客の荷物を外に放置したままにしたりするなど、ホテル経営者としてはあるまじき態度を取り続けた人物で、クリーズは彼の粗暴さにむしろインスピレーションを得たと言います。

本作の脚本は、主演も務めたジョン・クリーズが、当時の妻であるコニー・ブースと共に手がけました。しかし、企画段階ではBBCの上層部から難色を示されます。当時のクリーズはモンティ・パイソンで人気を博しており、BBCは類似した方向性の番組を期待していましたが、『フォルティ・タワーズ』のスタイルはそれとは大きく異なっていたためです。幸いにも、クリーズの構想を評価していたプロデューサー、ジョン・ハワード・デイヴィスの助けもあり、制作が実現しました。

30分の中に複数のプロットを詰め込むため、脚本は秒単位、セリフの一行単位に至るまで綿密に練られ、リハーサルには多くの時間が費やされました。1975年に放送された第1シリーズは、当初の評価はそれほど高くありませんでしたが、回を重ねるごとに徐々に人気を獲得し、シリーズの終わり頃には絶大な支持を得るに至りました。クリーズは後に、「全く新しい何かが受け入れられるには時間がある程度かかるのだろう」と振り返っています。第1シリーズの成功を受けて続編への要望が高まりましたが、高評価を維持するために慎重に構想が進められ、1979年にようやく第2シリーズが放送されました。この第2シリーズ放送の前年には、ジョン・クリーズとコニー・ブースは離婚しています。両シリーズともに高い評価を得て、今日まで英国コメディの金字塔とされています。度々映画化のオファーがありましたが、クリーズは「30分という構成が作品にとって最適であり、長時間のコメディ映画には向かない」として、これを全て断っています。

個性豊かな登場人物

「フォルティ・タワーズ」には、一癖も二癖もある個性的なキャラクターたちが登場し、物語を彩ります。

バジル・フォルティ：ジョン・クリーズが演じる、ホテルのオーナー。神経質で毒舌、偏執的な性格に加え、極度のケチで外国人嫌い、そして恐妻家という複雑な人物です。上流階級への強い憧れを持ち、ホテル経営の成功をその足がかりと考えていますが、自身の階級意識が先行しがちで、肩書きのある客には媚びへつらい、そうでない客には露骨に傲慢な態度をとります。しかし、自身のヘマが多く、それを隠そうとするほど事態を悪化させてしまいます。自尊心が異常に高く、間違いを指摘されると激しく怒ります。かつて朝鮮戦争に従軍したことを誇りにしていますが、実際は戦闘とは無関係の部隊だった模様です。軍人であったという自負からレジメンタル模様のネクタイを愛用し、右すねの古傷を「戦闘によるもの」と吹聴しています。

シビル・フォルティ：プルネラ・スケイルズが演じるバジルの妻。フロントで友人と長電話し、甲高い笑い声でバジルを苛立たせる一方、ホテルの実務はバジルよりもずっと有能にこなします。すべてにおいてバジルよりも上手で、彼を文字通り顎で使っていますが、扱いの難しい客には夫の性格を熟知しているため、彼が関与しないよう努めます。バジルは彼女に対し「ドラゴン」などと独特な表現で悪態をつきますが、軽くあしらわれるばかりで、結局彼女には頭が上がりません。ホテルの経営を始めた夫への不満が強く、度々批判します。

ポリー・シャーマン：コニー・ブースが演じるウェイトレス。「フォルティ・タワーズ」の従業員の中で最も常識的で良識のある人物です。ウェイトレスの仕事だけでなく様々な業務をこなしており、バジルの度重なるヘマの尻拭いをすることもしばしば。クビになることを恐れて、彼を助けています。芸術学校の学生でもあり、ウェイトレスの乏しい収入を補うため、自作の絵などを客に売ろうとしています。

マニュエル：アンドリュー・サックスが演じるスペイン人のウェイター（演じるサックスはドイツ生まれのユダヤ人）。バルセロナ出身で、英語はほとんど理解できず、「Que?（えっ?）」や「Si（はい）」程度しか話せません。英語力の乏しさにもかかわらず、人件費がかからないという理由でバジルに雇われたとされています。バジルからは混乱を招くような指示を受けたり、八つ当たりされたり、ヘマの責任を転嫁されたりと理不尽な扱いを受けますが、それでもフォルティ・タワーズで働けることに感謝しているという非常に人が良い人物です。バジルのかんしゃくを恐れ、状況が理解できないまま言われた通りに仕事をこなそうとしますが、それがかえって事態を悪化させることが多いです。また、バジルにネズミを「ハムスター」だと偽って売りつけられた際も疑うことなく、愛情を注いで世話をするなど、純粋で心優しい性格の持ち主です。

この他、おおらかすぎるシェフのテリー（第2シリーズから登場）、ドイツ人を極端に敵視する長期滞在客の「少佐」、バジルを気に入っているおとぼけ気味の老婦人コンビ、ティッブス夫人とギャツビー夫人などが登場し、ホテルでの騒動を盛り上げます。

全12エピソードという短いシリーズながら、練り込まれた脚本と個性豊かなキャラクター、そして絶妙なブラックユーモアが融合し、『フォルティ・タワーズ』は英国コメディ史に燦然と輝く傑作となりました。その魅力は色褪せることなく、今日に至るまで多くの人々に愛され続けています。

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