フォーマルハウトb

みなみのうお座の方向に約25光年離れて位置するフォーマルハウトbは、かつて太陽系外惑星候補とされた天体です。2008年、ハッブル宇宙望遠鏡による可視光観測画像から、A型主系列星フォーマルハウトの周囲を巡る天体として見出されました。同時に発見が発表されたHR 8799系の3つの惑星と共に、フォーマルハウトbは、その輝きの少なくとも一部が惑星大気からの放射と考えられた点で、直接撮影によって発見された初期の系外惑星として注目されました。しかし、その本質については多くの議論が交わされており、特に2020年に発表された追跡観測の結果は、惑星である可能性は低く、塵の塊であるという見解を強く支持しています。

正体に関する議論

フォーマルハウトbの本当の性質については、発見当初から継続的に議論が続いています。初期の検出は、周囲に存在する塵や環からの反射光、あるいは木星のような巨大惑星の大気からの熱放射を捉えたものと解釈されました。しかしその後の観測から、検出された光は低質量の惑星を取り囲む塵雲からの反射光であるという見解や、微惑星同士の激しい衝突によって生じた破片や塵の集まりを観測しているという見解も示されています。

可視光での直接的な観測で捉えられた一方で、その後の赤外線による追跡観測では確認されなかったことから、その質量は木星質量の3倍、後には1倍を下回るだろうという推測がなされました。また、主星の周囲にある塵の環がこの天体によってかき乱された痕跡が見られないことも、質量の小ささを示唆する根拠となっています。

観測の歴史

フォーマルハウトの周囲に存在する、重く冷たい塵の円盤の構造から、2005年にはすでに重い惑星の存在が予測されていました。この塵の帯の中心が主星からずれていることや、帯の内縁が明瞭な境界を持つことは、内側に位置する重力源となる惑星によって説明できると考えられたのです。

2008年11月、ポール・カラスらの研究チームは、ハッブル宇宙望遠鏡のデータからフォーマルハウトbの存在を同定したと発表しました。これは可視光で直接発見された初めての系外惑星とされ、塵円盤との相互作用から予測されていた惑星が初めて画像として捉えられた例としても重要視されました。カラス氏は発見時の心境を「以前は見えなかった惑星を発見するのは、深遠で圧倒的な経験だ」と述べています。

しかし、その後の追加観測は疑問を投げかけました。赤外線観測で検出されないこと、軌道計算が塵の環の構造をうまく説明できないことなどから、フォーマルハウトbの系外惑星としての地位に疑問符がつきました。例えば、ALMAによる塵円盤の観測では、環の構造は火星から地球質量の数倍程度のより小さな「羊飼い惑星」によって形作られている可能性が示唆されました。

2012年には、異なる研究チームが独立にハッブルデータの再解析を行い、フォーマルハウトbの存在を再び確認し、その光が塵による散乱光で説明できるという見解を示しました。これらの研究は、見えない惑星質量天体を塵が取り囲んでいる可能性や、カイパーベルト天体クラスの衝突残骸である可能性を提唱しました。後の解析では、フォーマルハウトbの軌道が塵の環と交差する大きな離心率を持つ可能性も示唆され、環の成因ではないこと、あるいは内側に未発見の惑星が存在する可能性が議論されました。こうした経緯から、一時的に存在が疑われつつも再び可能性が示されたこの天体は、「ゾンビ惑星」と呼ばれることもありますが、これは非専門用語です。

最も決定的な観測の一つは、2020年に発表されたハッブル宇宙望遠鏡による10年間にわたる観測データの再分析結果です。この研究では、フォーマルハウトbとされる天体の像が時間とともに徐々に薄れて広がる様子が確認されました。これは、小さな天体の衝突で生じた塵の雲であるという解釈を強く裏付けるものであり、現在はこれが最も有力な説となっています。フォーマルハウトの年齢を考えるとこのような衝突は稀な現象ですが、これは未発見の惑星が存在し、周囲の小天体を擾乱した結果である可能性も示唆されています。

物理的特徴と名称

フォーマルハウトbが主星の塵円盤と同一平面上にあると仮定した場合、フォーマルハウトからの距離は約115天文単位（au）と非常に離れています。これは、同じく直接撮像で発見されたがか座ベータ星やHR 8799系の惑星よりも大きな軌道です。秒速約4kmで移動していると考えられていますが、塵の円盤と実際に交差しているのか、あるいは視線方向による射影が重なって見えるだけなのかは不明です。

可視光における明るさは主星のわずか2.7×10⁻¹⁰倍と、直接撮像された天体の中では極めて暗い部類に入ります。そのスペクトルは主星のものに似ており、観測されている光が完全に主星からの散乱光であることを示唆しています。もし惑星を取り巻く塵や環からの光であるとすれば、その輝いている領域は惑星自体のサイズよりもはるかに大きい必要があります。観測から推定される輝いている領域のサイズは、最大でも天球上での大きさが0.25 au程度とされています。

フォーマルハウトbが惑星であると仮定した場合、その質量には大きな不確かさが伴います。赤外線で検出されなかったことから、質量の上限は木星質量の3倍未満あるいは2倍未満とされています。一方、塵の円盤構造を説明するモデルでは木星質量の0.5倍程度、微惑星群に囲まれているモデルでは地球質量の10〜100倍といった、より小さな値が示唆されています。また、他の未発見の惑星の存在も質量の推定に影響を与えます。

国際天文学連合（IAU）が主導した太陽系外惑星の命名キャンペーン対象の一つとなり、一般からの公募と投票を経て、2015年12月にダゴン（Dagon）という正式名称が与えられました。この名前は古代メソポタミアおよびカナン地方の神に由来しています。

フォーマルハウトbのように主星から大きく離れた距離で重い惑星が形成されるのは難しいと考えられており、その現在の位置は、より内側にある未発見の重い天体によって弾き飛ばされた結果である可能性も指摘されています。複数の観測でこの仮説上の天体が探索されていますが、まだ発見には至っていません。

現在では、フォーマルハウトbは巨大惑星ではなく、最近発生した小天体衝突による塵の破片が集まった、一時的な雲であるという見解が主流となりつつあります。その性質を完全に解明するためには、さらなる詳細な観測と分析が必要です。

フォーマルハウトb