フナクイムシ

フナクイムシ（船喰虫）

フナクイムシは、動物界軟体動物門二枚貝綱フナクイムシ科（Teredinidae）に分類される海棲生物の総称です。その名前に「虫」と付きますが、実はタテジマフジツボなどと同じく、貝の仲間です。英語では「shipworm」、ドイツ語では「Schiffsbohrmuscheln」や「Pfahlwürmer」、フランス語では「taret commun」、台湾では「船蛆蛤」など、様々な言語で船や杭、木材に関連する名称で呼ばれています。フナクイムシ科には複数の属が存在しますが、中でもテレド属（Teredo）がよく知られています。

形態と生態

フナクイムシ類は、細長く伸びた水管が発達しているため、一見すると蠕虫（ぜんちゅう）のような独特な姿をしています。体の先端には、非常に小さく、かつ特殊な形状をした二枚の貝殻があります。この貝殻は、周囲の木材を削り取るための「ドリル」として機能します。彼らは海中に沈んだ木材に潜り込み、内部を掘り進みながらこれを摂食し、巣穴とします。この習性から、しばしば「海のシロアリ」と称されます。掘り進んだ巣穴の壁面には、自ら分泌する石灰質の膜を張り、構造を補強します。巣穴には外部と繋がる小さな開口部があり、そこから伸びる水管を通して呼吸や排泄を行います。驚くべきことに、危険を察知すると水管を素早く引っ込め、尾部にある特殊な形状の「尾栓（びせん）」で開口部にしっかりと蓋をして身を守ることができます。これにより、何日も外界から遮断された状態で生存することが可能です。

フナクイムシが木材を消化できるのは、体内に秘密があります。彼らの体内に存在する「デエー腺（gland of Deshayes）」と呼ばれる特別な器官には、共生関係にあるバクテリアが棲んでいます。このバクテリアがセルロース分解酵素を分泌することで、木材の主成分であるセルロースを効率的に消化吸収することが可能となっています。

種類とサイズ

フナクイムシ科の種は多様ですが、例えば代表的なTeredo navalisという種では、温暖な海域では成長すると体長50cmにも達することが記録されています。一方、比較的冷涼なバルト海では最大30cm程度とされるなど、生息環境によってサイズは異なります。先端の貝殻は長さ2cm程度で、彼らが掘り進むトンネルは直径1cm程度、長さは60cmから1mにも及びます。彼らは比較的広い温度範囲（0.7℃から30℃程度）で生存できますが、25℃を超えると成長が鈍化します。繁殖は水温11℃から15℃の間で行われることが多いようです。一般的に、寿命は1年から3年程度と考えられています。

人間との関わり

工学史への貢献

フナクイムシ類による船舶や港湾施設、橋脚などの木材食害は、古くから世界中で深刻な問題となっていました。この被害を防ぐため、様々な対策や研究が行われてきました。19世紀初頭、イギリスの著名な技術者であるマーク・ブルネル（Marc Brunel）は、フナクイムシが木材を掘り進む際の独特な方法に注目しました。彼は特に、木材が水圧によって膨張する中でも、どのようにフナクイムシがトンネルを維持し、自らを守っているのかを詳細に観察しました。この観察から着想を得たブルネルは、地盤の崩壊を防ぎながらトンネルを安全に掘り進むための画期的な技術、「シールド工法」を発明しました。これは、分割可能な構造物（シールド）で掘削面を支えながら前進する工法です。ブルネルはこの技術を用いて、当時非常に不安定な地盤であったロンドンのテムズ川の川底の下を通るトンネル建設を成功させました。これは可航河川の下を潜る世界初のトンネルでした。その後、ジェームズ・グレートヘッド（James Greathead）らによってさらに改良されたシールド工法は、現代のトンネル建設において不可欠な基礎技術として、世界中で広く活用されています。

ユニークな食文化

フナクイムシ類は、一部の地域では食用としても利用されています。特にフィリピンでは、マングローブの倒木などから採取されたフナクイムシ類が「タミロック（tamilok）」と呼ばれ、古くから伝わる珍味として親しまれています。タミロックは生で食されることが多く、独特のぬめりや風味があり、主に酢や唐辛子などを加えたタレに浸して食されます。興味深いことに、タミロックの風味は、それが棲みつき、栄養源としたマングローブの樹種によって異なると言われています。例えば、ヤエヤマヒルギ（Rhizophora stilosa）に棲んだタミロックは「甘い」と評される一方、ホウガンヒルギ（Sonneratia caseolars）に棲んだものは「苦い」と感じられるなど、個性が異なります。これは、マングローブの樹液成分、特にタンニンの含有量などがフナクイムシの体内に取り込まれ、風味に影響を与えているためと考えられています。しかし近年、薪炭材の採取や養殖池の開発などによるマングローブ林の破壊が進み、タミロックの生息環境が失われつつあります。これにより、このユニークな採取・食文化もまた、存続の危機に瀕している現状です。

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