フランシス・ハーバート・ブラッドリー

フランシス・ハーバート・ブラッドリー：イギリス理想主義の巨匠

フランシス・ハーバート・ブラッドリー (1846-1924) は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した、イギリスを代表する理想主義哲学者です。彼の主著『現象と実在』(1893年) は、西洋哲学史における重要な一書として知られており、その影響は現代哲学にも及んでいます。

生涯

ブラッドリーは、サリー州クラパム(現在のグレーター・ロンドン)で、福音主義の牧師を父に持ち、裕福な家庭に生まれました。弟には英文学者アンドリュー・ブラッドリーがいます。チェルトナム・カレッジとマールボロ・カレッジを経て、1865年にオックスフォード大学ユニヴァーシティ・カレッジに入学。1870年にはオックスフォード大学マートン・カレッジのフェローに選出され、生涯その地位を保持しました。在職中は教育義務がなかったため、執筆活動に専念することができました。彼は生涯を通じて哲学界で高い評価を受け、数々の名誉学位を授与されました。また、イギリスの哲学者として初めてメリット勲章を受章した人物でもあります。晩年はオックスフォード大学のホーリーウェル墓地に埋葬されました。

哲学

ブラッドリーの[哲学]]は、イギリス経験主義の伝統、特に功利主義的な傾向を強く批判するところから出発します。彼は、カントやドイツ観念論]から多大な影響を受けたとされますが、自身はその影響を控えめに表現していました。彼の[[哲学は、論理学、形而上学、倫理学の境界線を越えた、一元論的な世界観を特徴としています。絶対的観念論と一元論を融合させようとした試みは、ヘーゲルの弁証法の影響を色濃く反映している一方で、ヘーゲル主義者とは自称しませんでした。

ブラッドリーは、1909年に発表した論文「真理と整合性について」(『Mind』誌掲載、後に『真理と現実に関するエッセイ』に収録)において、認識論におけるある種の基礎付け主義を批判し、整合主義を真理の基準として擁護しました。この論文は、彼の哲学の中核をなす概念である「整合性」についての重要な論考です。

道徳哲学

ブラッドリーの道徳哲学は、功利主義が前提とする「自己」概念への批判から出発します。「なぜ私は道徳的であらねばならないのか？」という問いに対する彼の答えは、自己と道徳性の本質的な社会性を強調するものでした。彼は個人主義に反対し、理想的な「良き自己」を磨き、「悪しき自己」を克服する必要性を道徳的義務の基礎と捉えました。しかし、社会それ自体が道徳的生活や理想的自己の実現を保証するわけではないと認識し、社会改革には社会の外からの基準が必要であると主張しました。その基準として、ブラッドリーは宗教的要素に言及しています。彼の社会的自己という概念は、フィヒテ、ミード、プラグマティズム、さらには現代の反個人主義的アプローチとも関連づけられています。

遺産

ブラッドリーの哲学的名声は、20世紀初頭以降、一時的に衰えました。ムーアやラッセルによるイギリス理想主義の批判、そしてエイヤーの論理実証主義による検証主義的な批判が、その一因です。しかし近年、英語圏を中心に、ブラッドリーとその同時代の理想主義哲学者たちへの関心が再燃しつつあります。

興味深いことに、T・S・エリオットは1914年、ハーバード大学でブラッドリーの哲学を主題とする博士論文を提出しましたが、第一次世界大戦の勃発により学位取得には至りませんでした。このエピソードは、ブラッドリーの哲学が、後の世代の思想家にも大きな影響を与えていたことを示唆しています。

主要著作

Ethical Studies (1876)
The Principles of Logic (1883)
Appearance and Reality (1893)
Essays on Truth and Reality (1914)
* Collected Essays (1935)

ブラッドリーの哲学は、複雑で難解な部分も多いですが、その思想は現代哲学にとってもなお重要な示唆を与え続けています。彼の著作を通して、20世紀の哲学思想を理解する上で欠かせない知見を得ることができます。

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