1202年から1204年にかけて、
ノルマンディー地方を中心に繰り広げられた
ノルマンディー侵攻戦争は、イングランドとフランスの勢力図を大きく塗り替えることになった重要な戦いです。この戦争は、単なる領土争いにとどまらず、王位継承問題、封建制度、そして個人の思惑が複雑に絡み合った、中世ヨーロッパの政治的駆け引きを象徴する出来事でした。
戦争の背景:王位継承をめぐる対立
1199年、イングランド王リチャード1世が死去すると、王位継承をめぐり、リチャードの弟ジョンと、甥にあたるアルテュール1世が対立しました。ジョンはヘンリー2世の嫡子として、アルテュールはヘンリー2世の孫として、それぞれが王位を主張しました。当時の法解釈は地域によって異なり、ノルマン法ではジョンが、
アンジュー法ではアルテュールが正当な後継者とされました。この対立にフランス王フィリップ2世が介入し、イングランドとフランスの国家間対立へと発展しました。
ジョンはイングランド貴族の支持を得て王位に就きましたが、アルテュールは
ブルターニュ、
メーヌ、
アンジューの貴族に加え、
アンジュー帝国の解体を狙うフィリップ2世の支援を受け、ジョンに対抗しました。アルテュール軍は
ロワール渓谷から北上し
アンジェへ、フィリップ2世軍は南下しトゥールへ進軍し、
アンジュー帝国領を分断しようとしました。
ノルマンディー侵攻戦争の鍵となったのは、
1.
ノルマンディー地域の要塞群の防御力
2. 軍事遠征にかかる費用の増大
でした。
リチャード1世によって築かれたガイヤール城などの堅牢な要塞は、
ノルマンディーへの侵攻を困難にしていました。また、当時の軍隊は、徴募兵と
傭兵で構成されており、
傭兵は柔軟な対応が可能でしたが、費用がかさみました。戦費調達が戦争の行方を左右する重要な要素となっていました。
ル・グレ条約と戦いの再燃
1200年、イングランド王ジョンはフランス王フィリップ2世とル・グレ条約を締結しました。この条約は、
ノルマンディーにおける両国間の紛争を終結させ、大陸領におけるジョン王の立場をフランス王の宗主下とすることを定めたものでした。しかし、この講和は長く続きませんでした。ジョンは、
アングレームのイザベラと再婚し、戦略的に重要な
アングレーム地域を手に入れましたが、同時に、イザベラの婚約者であった
リュジニャン家との関係を悪化させました。ジョンは
リュジニャン家を軽視し、補償を怠ったため、
リュジニャン家は反乱を起こしました。
リュジニャン家は、フランス王フィリップ2世にジョンの横暴を訴え、支援を求めました。フィリップ2世は、ル・グレ条約に基づいてジョンにパリの裁判所への出頭を命じましたが、ジョンはこれを拒否。フィリップ2世はジョンに対して宣戦布告し、戦争が再開されました。
戦闘の経過:ミラボーの戦いと裏切り
開戦後、ジョンは前回と同様に守勢に徹し、要塞を固守しましたが、次第に軍事作戦は混乱し始めました。1202年7月、アルテュール率いる
ブルターニュ軍がミラボー城を包囲しました。ジョンは家臣ウィリアム・ド・ロッシュ率いる
傭兵部隊を派遣し、アルテュールを破りましたが、この勝利が転機となり、ジョンは自ら有利な立場を崩してしまいます。
ジョンは、
捕虜としたアルテュールや、有力な同盟者であったロッシュに対する非道な扱いにより、貴族たちの反感を買いました。ロッシュを始めとする
アンジュー・
ブルターニュ地域の貴族たちはジョンを見限り、フィリップ2世に味方しました。また、
ブルターニュではイングランドに対する反乱が発生しました。さらに、ジョンの財政状況も悪化しており、フィリップ2世は潤沢な資金で優位に戦いを進めることができました。
1202年から1203年にかけて、フィリップ2世は
ノルマンディー国境に大規模な軍団を配備し、着々と侵攻の準備を進めました。
戦争の終結:アンジュー帝国の崩壊
1203年以降、ジョンは地方領主たちの離反により軍事行動が制限され、教皇に調停を依頼するも失敗しました。ジョンは、アルテュールを暗殺し、反乱の可能性を消そうとしましたが、この噂は広まり、更なる離反を招きました。最終的に、ガイヤール城包囲戦でイングランドが敗北し、フランス王フィリップ2世が
ノルマンディー地方を併合することで、戦争は終結しました。
この結果、
アンジュー帝国の領土は著しく減少し、イングランドは大陸における領土をアキテーヌのみとしました。
ノルマンディー侵攻戦争は、中世ヨーロッパの勢力図を大きく変えた重要な戦いでした。
イングランド王国の衰退と
フランス王国の台頭を決定づけ、その後のヨーロッパ史に大きな影響を与えました。