リュジニャン家

リュジニャン家：十字軍国家を統治した名門貴族の興亡

リュジニャン家（Maison de Lusignan）は、10世紀初頭にフランスのポワトゥー地方で興った一族です。当初は地方領主に過ぎませんでしたが、婚姻や相続を通じて勢力を拡大し、十字軍国家の王位を握るまでになりました。その歴史は、エルサレム王国、キプロス王国、キリキア・アルメニア王国という、中世の地中海世界を舞台に繰り広げられます。

発祥とフランスでの台頭

リュジニャン家の本拠地は、ポワティエ近郊のリュジニャン城でした。この城は伝説上の水の精メリュジーヌによって建てられたと伝えられています。リュジニャン家は、ラ・マルシュ伯やアングレーム伯といった有力な領主との間で、しばしば争いを繰り広げました。

10世紀から13世紀にかけて、リュジニャン家は以下の領主を輩出しました。

リュジニャン卿:
ユーグ1世（10世紀初頭）
ユーグ2世（967年没）
ユーグ3世（1012年没）
ユーグ4世（1026年没）
ユーグ5世（1060年没）
ユーグ6世（1110年没）
ユーグ7世（1151年没）
ユーグ8世（1173年没）
ウー伯:
ラウル1世（1197年 - 1246年）
ラウル2世（1246年 - 1250年）
マリー（1250年 - 1260年）
ラ・マルシュ伯:
ユーグ9世（1219年没）
ラ・マルシュ伯およびアングレーム伯:
ユーグ10世（1249年没）
ユーグ11世（1250年没）
ユーグ12世（1270年没）
ユーグ13世（1303年没）
ギー（1308年没）
ヨランド（1314年没）

1308年、ヨランドはリュジニャン家が所有していた広大な領土をフランス王フィリップ4世に売却し、リュジニャン家はフランスでの勢力を失いました。

十字軍国家の君主

12世紀後半、リュジニャン家は十字軍国家の支配者として歴史の表舞台に登場します。

エルサレム王国:
エメリー・ド・リュジニャンは、イングランド王リチャード1世に追放され、エルサレムに辿り着きました。彼はアニェス・ド・クルトネーの庇護を受け、エルサレム王国の軍司令官となりました。エメリーの弟ギー・ド・リュジニャンは、1180年にエルサレムを訪れ、シビーユ王女と結婚し、エルサレム王となりました。しかし、ギーはヒッティーンの戦いでサラディンに敗北し、捕らえられました。その後、シビーユと2人の娘が死去し、ギーは王位を失いました。
1197年、エメリーはエルサレム女王イザベル1世と結婚し、リュジニャン家に再びエルサレム王位がもたらされました。
キプロス王国:
ギーがエルサレム王位を失った後、イングランド王リチャード1世はキプロス島をギーに与えました。ギーの死後、兄エメリーがキプロス王位を継承しました。
エメリーの息子ユーグ1世、その息子のアンリ1世、そしてアンリの息子のユーグ2世とリュジニャン家によるキプロス王国の支配が続きましたが、ユーグ2世の死によって第一リュジニャン家は断絶しました。
その後、ユーグ・ド・ポワティエがリュジニャンの姓を名乗り、キプロス王ユーグ3世となり、第二リュジニャン家が誕生しました。ユーグ3世はエルサレム王位も兼ねました。その後、ジャン1世、アンリ2世と続き、アンリ2世の後はアモーリーが摂政となりました。
キリキア・アルメニア王国:
14世紀、ギー・ド・リュジニャンはアルメニア王に選出され、コスタンディン4世を名乗りました。
リュジニャン家はカトリック信仰をアルメニアに強制し、反発を招きました。コスタンディンは暴動によって殺害され、リュジニャン家によるアルメニアの支配は短期間で終わりました。

イングランドにおけるリュジニャン家

リュジニャン家は、イングランド王室とも深い関わりがありました。

ユーグ・ル・ブルンは、イングランド王ジョンとの対立から、フランス王フィリップ2世を頼りました。これにより、イングランドはフランスにおける領土の一部を失いました。
ジョン王の妃イザベラ・ダングレームは、後にユーグ10世・ド・リュジニャンと結婚し、ウィリアム・ド・ヴァランスをもうけました。
ウィリアム・ド・ヴァランスは、異父兄であるイングランド王ヘンリー3世の要請でイングランドに移住し、ペンブルック伯となりました。彼は第2次バロン戦争で王側につき、大きな役割を果たしました。
ウィリアムの息子エイマーはペンブルック伯位を継承しましたが、経済的に困窮し、宮廷から遠ざけられました。

キプロス王国の黄金時代とその衰退

14世紀、ユーグ4世はキプロス王となり、国内統治に専念しました。彼は芸術や哲学に関心を持ち、文化的な繁栄をもたらしました。その息子ピエール1世は、ムスリムとの戦いを重視し、アレクサンドリア十字軍を率いました。ピエール1世は騎士道の鑑として知られましたが、暗殺されました。その後、ピエール2世の時代にジェノヴァとの戦争が起こり、キプロスはファマグスタを失いました。

ジャック1世は、ジェノヴァに捕らえられていた時期がありましたが、キプロス王位に就きました。その息子ジャニュの時代には、エジプトのマムルーク朝の侵攻を受け、キプロスは大きな打撃を受けました。その後、ジャニュの娘シャルロットがキプロス女王となりましたが、異母兄弟ジャックとの争いの末、キプロスを追われました。ジャックがキプロス王となるとヴェネツィアと同盟を結んだが、その死後、息子も1歳で死去しリュジニャン家によるキプロス王国の支配は終わりを迎え、王国はヴェネツィア共和国に併合されました。

伝説と遺産

リュジニャン家は、妖精メリュジーヌを始祖とする伝説で知られています。メリュジーヌは、毎週土曜日に腰から下が蛇になるという妖精で、レーモンディン・ド・ポワトゥーと結婚し、リュジニャン家を築いたと伝えられています。リュジニャン家の紋章には、マーメイドとドラゴンが用いられています。

リュジニャン家は、その分家を含め、18世紀まで存続しました。しかし、その影響力は中世に大きく、特に十字軍国家の歴史において重要な役割を果たしました。

大衆文化におけるリュジニャン家

リュジニャン家は、様々な大衆文化作品に登場しています。

カンタベリー物語にキプロス王ピエール1世が登場します。
スターバックスのロゴは、リュジニャン家の祖先とされる妖精メリュジーヌがモチーフとなっています。
映画「キングダム・オブ・ヘブン」では、ギー・ド・リュジニャンが描かれています。
ジャック・アレヴィのオペラ「キプロスの女王」があります。
ボッカッチョの「デカメロン」にギー・ド・リュジニャンが登場します。
トマス・アクィナスの「君主の統治について」は、キプロス王ユーグ3世のために書かれました。
ウォルター・スコットの「The Minstrelsy of the Scottish Border」にメリュジーヌの伝説が取り上げられています。
ドロシー・ダネットの小説「Race of Scorpions」に、ジャック2世とシャルロットの争いが描かれています。

城と宮殿

リュジニャン家に関連する城や宮殿は、フランス、エルサレム、キプロス、キリキアに存在します。これらの場所は、リュジニャン家の歴史を語る上で重要な場所です。

フランス
リュジニャン城（リュジニャン）
アングレーム城（アングレーム）
エルサレム
エルサレム城
ヤッファ城
アスカロン城
シドンの城
ベイルート城
キプロス
ニコシア城
ファマグスタ城
キレニア城
リマソール城
パフォス城
ラピソス離宮
キリキア
コリコス城
シスの城
タラズの城
* アダナの城

まとめ

リュジニャン家は、フランスを起源とする一族でありながら、十字軍国家の歴史において重要な役割を果たしました。その興亡の歴史は、中世地中海世界の政治、文化、社会を理解する上で欠かせない要素です。

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