フレデリック・ウィリアム・ストレンジ

フレデリック・ウィリアム・ストレンジ（Frederick William Strange、1853年 10月29日 - 1889年 7月5日）は、1875年にイギリスのロンドンから日本へ渡った英語教師です。日本の近代スポーツの形成に深く関わった人物として知られ、「近代スポーツの父」と称されることもあります。特に陸上競技、ボート、野球といったスポーツの普及に努め、スポーツマンシップの重要性を説きました。彼の活動は、現在の日本の学校における「部活動」や「運動会」といった課外活動の基盤を築いたと評価されています。また、著書『アウトドア・ゲームズ』は、日本で初めての本格的なスポーツガイドブックとして位置づけられています。

長らくその詳細な半生は不明でしたが、近年、高橋孝蔵氏や渡辺融氏らによる継続的な調査が進み、2007年頃にその経歴が明らかにされ、2008年には日本体育学会で発表されました。

生い立ちと訪日前

1853年 10月29日、ストレンジはロンドン大学近郊でパブを経営するワイン商、ジェームス・トンプソン・ストレンジと母マーサの間に、8人兄弟の五男として生まれました。元数学教師であった父は子供たちの教育に熱心で、ストレンジは7歳で兄と共に寄宿学校へ送られます。14歳で同校を卒業後、自宅近くのユニヴァーシティ・カレッジ・スクールへ飛び級で入学しますが、後に日本から留学していた菊池大麓も同時期に在籍していました。その後、別の学校へ転校し、教員認定試験やオックスフォード大学の試験に合格して準学士の資格を取得しています。

1869年に父を亡くすと、1870年後半には学校を辞め、家業であるワイン商を手伝うことになります。一家は父が遺した財産を元にテムズ川沿いのチジックに移り住みました。17歳となったストレンジは、ここで家業の傍ら地元のローイング・クラブに所属し、ボート競技に親しんだとされています。

来日と教育活動

1870年頃から1875年の来日まで、ストレンジに関する確かな記録は少ないものの、高橋孝蔵氏は、当時の日本の急速な近代化や、再渡英してケンブリッジ大学でボート競技を続けていた菊池大麓との関わりが、彼の来日を決意させたのではないかと推測しています。

21歳となったストレンジは、1875年3月23日に英国汽船オリッサ号で横浜港に到着。同年4月には、一ツ橋にあった東京英語学校で英語教師としての職を得ました。月給は100円と、他の政府招聘外国人教師（お雇い外国人）に比べて低い水準でしたが、当時の日本人教師（5円〜10円程度）と比較すれば、かなり高給でした。彼は東京英語学校の他、東京大学予備門で英語や数学も教えていた記録があります。

ストレンジから教えを受けた一人に、後に駅伝の命名者となるスポーツ指導者、武田千代三郎がいます。武田はストレンジの人柄について、「ストレートな物言いで口は悪いが、生徒からは非常に慕われる先生だった」と回顧しています。

スポーツ普及への貢献

授業の傍ら、ストレンジは東京大学予備門の学生たちへ熱心にスポーツを指導しました。自身も外国人向けのスポーツクラブに積極的に参加し、様々な大会に出場しています。記録によると、来日翌年の1876年にはクリケットボール投げと1マイル競走で優勝、その翌年にはハンマー投や棒高跳びで上位入賞するなど、優れた運動能力を発揮しました。私生活では、1882年にエディス・ドワイト・サンフォードと結婚し、一男一女をもうけています。

彼の草の根的なスポーツ奨励は次第に実を結び、1883年6月16日、ストレンジが主催する形で東京大学と予備門合同の陸上運動会が開催されました。この第一回大会は、短距離、中距離、跳躍、投擲など、陸上競技の主要種目を網羅した本格的なものでした。この運動会は年々参加者を集め、やがて全国の学校に影響を与えていきます。武田千代三郎はこれを日本初の運動会と語っていますが、実際にはこれ以前にも同様の趣旨の催しは散発的に行われていました。しかし、ストレンジの運動会がその後の学校運動会の普及に大きく貢献したことは間違いありません。

ボート競技の分野でも、学生への指導に加え、継続的な活動のための組織作りを支援し、1884年には日本初の学生レガッタである「東京大学走舸組競漕会」を実現させました。

部活動の起源と著書

ストレンジは、現在の日本の学校で一般化している「部活動」の創設者としても知られています。当時、アメリカ人教師ホーレス・ウィルソンによって伝えられた野球が学生の間で人気を集めていました。クリケットの名手でもあったストレンジは野球に強い関心を示し、1886年には学生有志を集めて法学部と工部大学校にベースボール会を設立しました。同年7月には、心身の鍛錬と親睦を目的とした東京大学運動会を組織し、その下に各競技の部を置くという、後の体育会や校友会につながる組織構造を作り上げました。こうした組織化への貢献は、『東京大学百年史』や、同時期に留学経験を持つ菊池大麓からも高く評価されています。

彼の代表的な著書である『アウトドア・ゲームズ』は、1883年に丸善から刊行されました。同年開催された第一回東大運動会の入賞者賞品としても配布されており、大会に合わせて執筆されたと考えられています。序文には、日本のグラウンドが活用されていないのは学生がスポーツを知らないためであり、本書は戸外で楽しめるスポーツを紹介することを目的としていると記されています。ホッケー、フットボール、クリケット、テニス、野球、陸上競技など12種目のルールが解説されており、日本初のスポーツガイドブックとして大きな反響を呼びました。この本に触発され、日本人によるスポーツ入門書が相次いで出版される契機となりました。

お雇い外国人との違いと晩年

ストレンジは日本の近代化に貢献した外国人として、しばしば「お雇い外国人」と混同されますが、彼は日本政府に招聘されたわけではなく、東京英語学校と「在日外国人」として契約を結んでいたと考えられています。渡航費用も自己負担であった可能性が指摘されており、政府が定めた契約期間のルール（招聘は2年、在日外国人は半年試用後に1年）に沿った半年契約であったことが、その証拠とされています。

スポーツ文化の普及への貢献が認められ、ストレンジは1888年4月27日、34歳で勲五等双光旭日章を受章しました。しかし、その翌年の1889年 7月5日、突然の心臓発作により35歳を目前に死去しました。彼の死は、英字新聞を含む各紙で驚きと哀悼の意をもって伝えられました。墓所は東京都の青山霊園にあり、現在は日本陸上競技連盟が管理しています。2013年には生誕160周年を迎え、日本陸上競技連盟主催による墓前祭が執り行われました。

教育者として、そしてスポーツの伝道師として、フレデリック・ウィリアム・ストレンジが近代日本の学校教育とスポーツ文化に残した功績は計り知れません。服部一三（東京英語学校校長）が「日本の運動競技界の鼻祖とも云ふ可きぢゃね」と評したように、彼の蒔いた種は、今日の日本の学校に深く根付いています。

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