フレデリック・キースラー

フレデリック・キースラー：建築の魔術師と境界を超えた芸術家

フレデリック・ジョン・キースラー (1890-1965) は、オーストリア・ハンガリー帝国生まれの建築家、画家、彫刻家です。劇場建築などを中心に活動し、建築と芸術の境界を軽々と超えた、20世紀を代表する創造的な芸術家のひとりと言えるでしょう。彼は「無限の彫刻」という概念を生み出し、独自の建築理論「マジック・アーキテクチャー」を提唱しました。その革新的なアイデアは、現代建築に多大な影響を与え続けています。

奔放な才能と前衛芸術との関わり

ウィーン工科大学や絵画芸術アカデミーで学びましたが、正式な卒業資格は取得していません。それでも、アドルフ・ロースのもとで働き、1920年代にはベルリンとウィーンで舞台芸術や展示会場のデザインで頭角を現しました。デ・ステイルにも参加するなど、当時のヨーロッパの前衛芸術家たちと積極的に交流し、シュルレアリストやマルセル・デュシャンとも共同作業を行いました。

キースラーは建築を「建てる」ことよりも、建築という概念そのものを探求することに重きを置いていました。そのため「アンビルドアーキテクト（建築を建てない建築家）」、「マジックアーキテクト（魔法の建築家）」と呼ばれ、建築家フィリップ・ジョンソンからも「キースラーほど建築を建てないで有名な建築家はいない」と評されるほどでした。彼はコロンビア大学大学院教授を務め、同大学の研究機関コルリエーション研究所の代表も務めました。

建築理論と主要作品

キースラーの建築理論は、2本の重要な著作に集約されています。1つは1949年の論文「近代建築における疑似機能主義」、もう1つはそれを発展させた書籍『店舗とその商品陳列に応用された現代美術』です。これらの著作は、現代建築における機能主義への批判と、より人間的で創造的な建築への展望を示しています。

彼の代表作として挙げられるのは、ニューヨーク近代美術館にあるエンドレスハウスです。これは、彼の建築理念を具現化した革新的な作品であり、現代建築の潮流を先取りするものでした。他にも、エルサレムにある「本の神殿」は、彼の建築思想が宗教建築に適用された重要な作品です。

キースラーは、建築だけでなく、絵画や彫刻でも才能を発揮しました。1950年代に制作した「ギャラクシーズ」シリーズは、複数の壁面パネルで宇宙空間を表現した独特の作品です。また、インスタレーション作品「Us, You, Me」は、人間とデザインの関係を深く探求した表現となっています。晩年の彫刻「ブケファロス」は、アレクサンダー大王の軍馬をモチーフに、瞑想のための洞窟をイメージした作品です。

評価と影響

キースラーは、1952年にニューヨーク近代美術館により「20世紀半ばを代表する15人の芸術家」の1人に選ばれ、シカゴのグラハム財団フェローにも招かれました。しかし、同時代の建築家からは、建築物をほとんど建てなかったことや、学術的なバックグラウンドが不足していたことを理由に、敬遠されることもありました。

それでも、彼の建築思想や作品は、後世の建築家や芸術家に大きな影響を与えています。彼の没後、フレデリック・キースラー建築芸術賞が設立され、伊東豊雄氏や石上純也氏など、世界的に著名な建築家が受賞しています。これは、彼の業績が現代でも高く評価されていることの証左と言えるでしょう。メディア・アーティストの山口勝弘氏はキースラーに師事し、彼の思想を現代美術に反映させています。キースラーの建築、彫刻、絵画における革新的な試みは、建築の概念そのものを再定義し、芸術表現の新たな地平を開いたと言えるでしょう。

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