アドルフ・ロース

アドルフ・ロース：装飾を否定したモダニズムの先駆者

アドルフ・ロース（Adolf Loos, 1870年12月10日 - 1933年8月23日）は、20世紀初頭のオーストリアを代表する建築家であり、モダニズム建築の先駆者として知られています。彼の最も有名な主張は「装飾は罪悪である」というもので、この過激な思想は当時の建築界に大きな波紋を呼びました。

生涯

ロースはモラヴィア地方のブルノで、彫刻家・石工の父のもとに生まれました。生まれつき難聴を患っていましたが、12歳で一部回復しました。ドレスデンで学んだ後、アメリカに渡り、シカゴの高層ビルや実用的なデザインに大きな影響を受けました。

1896年に帰国してからは、設計活動よりも執筆活動が先行しました。彼は、様々な建築様式で飾られたウィーンの都市を「ポチョムキン都市」と皮肉り、1908年には「装飾は罪悪である」と宣言しました。ロースによれば、装飾は原始人の刺青と同じようなもので、装飾の多さは文化水準が低いことを示すものでした。この「装飾罪悪論」は、建築家オットー・ワーグナーの「芸術は必要にのみ従う」という合理主義・機能主義の主張をさらに徹底させたものであり、ウィーン分離派やウィーン工房の装飾性を批判しました。

ロースの代表作であるロースハウス（1909-1911年）は、窓の飾りなどの装飾をそぎ落とした建物であり、モダニズム建築の先駆的な作品とされています。現在では低層部に列柱が並び古典主義的な印象も受けますが、建設当時はウィーンの王宮前に位置していたため、歴史的建造物が並ぶ一角に建てられたことで、激しい非難を浴びました。建設は一時中断されましたが、窓辺に花壇をつけることで最終的に許可されました。当時の皇帝フランツ・ヨーゼフ1世はこの建物を嫌い、面している窓と門を塞いだと伝えられています。

1912年、ロースはアドルフ・ロース建築学校を設立しました。第一次世界大戦後にはチェコスロバキア政府から市民権を付与され、1921年からはウィーン市の住宅建設局で主任建築家として労働者住宅の設計に尽力しました。しかし、自身の設計案が却下されたことをきっかけに1924年に退職し、翌年にはパリに移住しました。晩年は絵を描いて過ごしましたが、死の直前に全て焼き捨てたと言われています。

帰国後の1928年には、子供たちをモデルにしたことが原因で淫行の容疑をかけられ、執行猶予付きながら有罪判決を受けました。その後、脳障害に苦しみ、1933年に脳卒中で亡くなりました。彼の遺体は、自らが設計した正方形の墓石の下に、ウィーン中央墓地に埋葬されています。

交友関係

ロースは難聴で気難しく、建築界では孤立気味でしたが、一方で様々な分野の文化人と交流し、多くエピソードを残しています。

カール・クラウス（評論家）：生涯にわたる友人であり、両者ともに過激な言論のため敵も多かった。クラウスは兄弟や友人が住宅を新築すると聞くと、ロースを紹介しました。クラウスがカトリックに入信する際には、ロースが代父を務めています。
アルテンベルク（文学者）：アルテンベルクの雑誌「Kunst」（芸術）の付録という形で、イギリス・アメリカの文化を紹介する個人雑誌「Das Andere」（その他）を発行しました。アルテンベルクが精神疾患で入院した後も面倒を見、亡くなると弔辞を書き、さらに墓を設計しました。
ココシュカ（画家）：才能をいち早く認め、作品を購入しました。父親代わりのような立場であったとされています。
シェーンベルク（作曲家）：コンサートのチケットをたくさん買ったり、友人に勧めたりしていました。
ヴィトゲンシュタイン（哲学者）：交流があったことが知られています。

主な作品

ロースの作品は、装飾を徹底的に排除した機能的でシンプルなデザインが特徴です。以下に主な作品を挙げます。

カフェ・ムゼウム（ウィーン、1899年）：内部は白い壁で装飾がないのが特徴です。
アメリカンバー（ウィーン、1907年）：小さなバーの内装に鏡や大理石などの素材を巧みに用い、豊かな空間を生み出しています。
シュタイナー邸（ウィーン、1910年）
ロースハウス（ウィーン、1911年）
マンツ書店（ウィーン、1912年）
ルーファー邸（ウィーン、1922年）
トリスタン・ツァラのスタジオと家（モンマルトル、1926年）：ダダイストの住宅です。
Khuner Villa（クロイツベルク、1930年）
ヴィラ・ミュラー（プラハ、1930年）

資料

ウィーン博物館には、ロース自邸の居間部分が保存展示されています。また、図面や原稿はアルベルティーナに保管されています。

著作

ロースの思想を記した著作には、以下のようなものがあります。

"Ornament und Verbrechen"（1908年）：「装飾は罪悪である」という主張を記した論文です。
『にもかかわらず』：加藤淳訳、みすず書房、2015
『装飾と犯罪』：伊藤哲夫訳、中央公論美術出版、新版2011／ちくま学芸文庫、2021
『虚空へ向けて』：加藤淳訳、編集出版組織体・アセテート、2012
* 『ポチョムキン都市』：鈴木了二・中谷礼仁監修、加藤淳訳、みすず書房、2017

まとめ

アドルフ・ロースは、その過激な思想と、装飾を排除した機能的な建築デザインで、20世紀の建築界に大きな影響を与えました。彼の作品は、モダニズム建築の先駆的な例として、今日でも高く評価されています。

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