ブラウナウ・アム・イン

ブラウナウ・アム・イン：歴史と葛藤の街

オーストリアのオーバーエスターライヒ州北西部、イン川沿いに位置するブラウナウ・アム・インは、ザルツブルクから北へ約60キロメートル、ドイツ国境に接する歴史深い街です。リンツというオーストリア第三の都市からもほど近い場所にあります。810年頃には既に集落が存在し、1260年から続く都市条例を持つなど、オーストリアでも最も古い都市の一つに数えられます。

しかし、ブラウナウ・アム・インは、アドルフ・ヒトラーの生誕地として世界的に知られることでも有名です。ヒトラーは1889年4月20日にこの街で生まれました。この事実は、街の歴史に深い影を落としています。

ヒトラーの生家と街の取り組み

ヒトラーの生家は現在も残っており、その扱いを巡って長年にわたる議論が続いています。1989年、ヒトラーの生家の前に戦争とファシズムに反対する石碑が建てられました。この石碑は、マウトハウゼン強制収容所から送られた石にドイツ語で刻まれたものです。その後も、現代史協会によるシンポジウム開催や、ホロコースト記念施設での奉仕活動のための会合が毎年行われるなど、街は歴史と真正面から向き合おうとする姿勢を示してきました。地元新聞は反戦、反ファシズムを訴える署名運動を展開するなど、市民レベルでの取り組みも活発に行われています。

ブラウナウ・アム・イン市は、街が「ヒトラー生誕の地」として観光地化されることを望んでいません。そのため、石碑には「ヒトラーの生家」という記述はなく、市内の地図にも生家は記載されていません。また、生家の前の道路は、観光客がたむろできないよう、バス停や駐車場として整備されています。

生家の行方

2016年、オーストリア政府はヒトラーの生家を強制収用し、取り壊す方針を決定しました。以前はオーストリア政府が借り上げて障害者施設として使用していましたが、所有者の改修拒否や買い取り交渉の決裂により、空き家となった状態が続き、ネオナチの聖地化の懸念が高まったためです。

しかし、旧市街中心部が遺産保護区域であることから、取り壊しには反対意見も存在し、博物館などへの活用を求める声もありました。その後、2019年にはオーストリア政府は元の持ち主に補償金を支払った上で、建物を警察署として活用する計画を発表しました。これは、警察の建物にすることでナチズムの聖地化を阻止するというメッセージだと政府は説明しています。しかし、この計画は、映画監督ギュンター・シュヴァイガーなどから異議が唱えられています。シュヴァイガーは、地元紙の記事を根拠に、警察署にすることはヒトラーの意向に沿うものであると主張しています。

その他

ブラウナウ・アム・インは、ヒトラーの生誕地としてだけでなく、ローマ教皇ベネディクト16世（ヨーゼフ・ラッツィンガー）が生まれた場所（マルクトル・アム・イン）からも近い場所であるという事実も、この街の複雑な歴史を示しています。

現在も、ブラウナウ・アム・インは、その過去とどのように向き合い、未来を築いていくのかという課題に直面しています。ヒトラーの生家をめぐる議論は、歴史と現代社会の葛藤を象徴する一つの事例として、世界的な注目を集め続けています。

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