ブレトワルダ

ブレトワルダ（Bretwalda）とは何か

ブレトワルダとは、アングロサクソン社会における称号の一つであり、七王国時代にアングロサクソン諸国の中で最も強大な勢力を持った王を指すとされています。「上王」「大王」「覇王」などと訳されることもありますが、その定義は必ずしも明確ではありません。

ブレトワルダの登場

「ブレトワルダ」という言葉は、9世紀後半に編纂された『アングロサクソン年代記』に初めて登場します。しかし、その人選は8世紀のノーサンブリアの学者ベーダの著作にも見られ、より古い時代から存在していた可能性が指摘されています。

この称号が具体的に何を意味していたのかは定かではありません。5世紀以降のアングロサクソン諸国における筆頭の王、すなわち「覇王」や「王の中の王」を意味していたと考えられていますが、これはあくまで推測の域を出ません。また、この称号が実際に5世紀から使われていたのか、それとも9世紀後半の年代記編纂者が創造した言葉なのかも不明です。

語源については、『アングロサクソン年代記』の「Bretanwealda」が有力視されており、「ブリテンの王」を意味すると考えられています。一方で、古英語の「breotan」（分配する）に由来し、「広く治める」という意味を持つという説も存在します。

ブレトワルダの選定における問題点

ブレトワルダは、イングランドに覇を唱える人物を指すと考えられますが、記録された人選は必ずしも公平ではありません。『アングロサクソン年代記』が編纂されたウェセックスや、ベーダが住んだノーサンブリアは、当時マーシアを敵視していました。そのため、7世紀から9世紀にかけて強大な力を持っていたマーシアの王（例えばペンダやオファ）は、ブレトワルダとして認められていません。

また、この称号が後継者に継承された例はなく、明確な責務も存在しませんでした。ブレトワルダという称号は、当時の複雑な王権構造を単純化して説明するためのものに過ぎない可能性もあります。

用語をめぐる問題

ブレトワルダは、その定義の曖昧さから、歴史家が様々な解釈を加えてしまうことで、誤解を生むことがあります。そのため、この言葉の取り扱いには注意が必要です。

9世紀のウェセックスの年代記者は、自らの王をブリテン島全土の宗主とする目的でこの語を使用したわけではありません。ブレトワルダという言葉は、群雄割拠の時代においても、ブリテン島という地理的概念が人々の心に残っていた証であり、ローマ帝国時代の「ブリタニア」という概念の名残であると考えられます。

七王国時代を通じて、コインや勅書には「Rex Britanniae」（ブリテンの王）という称号が刻まれていましたが、イングランドが統一に向かうにつれて「Rex Angulsaxonum」（アングロサクソンの王）へと変化していきました。

ブレトワルダという用語の存在から、ブリテン島に覇を唱えた覇王の称号が存在したという幻想を抱く歴史家もいますが、近年では、ブレトワルダの定義を厳密化する傾向はありません。現在では、9世紀の年代記編纂者が歴史をどのように解釈し、自らの王をどのように位置づけたかを示す指標として捉えられています。

宗主権の形態

何をもって宗主としたかは複雑であり、支配と服従の形も様々でした。例えば、マーシア王がイースト・アングリアを支配下に置いた場合、両国の立場は対等でしたが、マーシアが小国ウィッチェを支配した場合は必ずしもそうではありませんでした。

7世紀から8世紀にかけて、マーシアはアングロサクソン社会で最強の勢力でしたが、ベーダの列挙した覇王にはマーシア王の名前はありません。ベーダにとってマーシアは故国ノーサンブリアの敵であり、異教徒であったペンダがアングロサクソンに有利に展開していたことも知っていました。そのため、ペンダが覇王と呼ぶべき力を持っていたにもかかわらず、ベーダは著作の中でその名を記しませんでした。同様に、『アングロサクソン年代記』の西サクソン王族系譜目録からも、強大なマーシア王オファの名前が除外されています。

アングロサクソン年代記とベーダの著作に書かれたブレトワルダ

エール (サセックス王)
チェウリン (ウェセックス王)
エゼルベルト (ケント王)
レドワルド (イースト・アングリア王)
エドウィン (ノーサンブリア王)
オスワルド (ノーサンブリア王)
オスウィ (ノーサンブリア王)
エグバート (ウェセックス王)：アングロサクソン年代記のみ

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