プトゥームの黒人の大修道院長

『プトゥームの黒人の大修道院長』 （原題：英: The Black Abbot of Puthuum）は、アメリカ合衆国の作家クラーク・アシュトン・スミスが著した幻想ホラー短編小説です。太古の超大陸ゾティークを舞台とする一連の作品群「ゾティーク・シリーズ」に含まれる一篇として、『ウィアードテールズ』誌の1936年3月号に初めて掲載されました。作品の冒頭には「ホアラフ王の弓兵」と題された詩が配され、物語の主人公である弓兵ゾバルによって後に詠まれた詩であることが示唆されています。

あらすじ

物語は、かつてヨロス国において黒人の修道会が隆盛を極めたものの、時を経てその勢いが衰退した現状から始まります。現在では、貴族や富裕層の後宮に仕える宦官など、特定の役割を除いて王国に黒人はほとんど存在しません。荒涼たるイズドレル地域に修道院が存在するとしても、世に知られることは稀でした。

ヨロス王ホアラフに仕える弓兵ゾバルと槍兵クシャラは、選り抜きの戦士として王から厚遇されていました。あるとき、王は宦官シムバンに、イズドレルで美貌が噂される娘を後宮へ迎え入れるための任務を命じます。ゾバルとクシャラは、その護衛として同行することになりました。目的の娘ルバルサの美しさは、屈強な戦士であるゾバルとクシャラをもたちまち魅了します。しかし、帰路の途中、「三日月状の黒い影」と表現される異形の集団が進路を塞ぎ、一行を取り囲み、「軍隊のような騒音」で威嚇を始めます。宦官と娘が恐怖に陥り、戦士たちが状況への対処法を思案する中、闇が薄れ、ローブを纏った人物が近づいてきました。その人物が被る二本の角を持つ紫色の帽子は、高位の修道院長であることを示しています。名を聞くと、黒人のその人物はウジュクと名乗り、「プトゥームの修道院の大修道院長」であると告げます。ウジュクは、夜道は危険であるため、修道院で一行をもてなそうと誘います。ゾバルとクシャラは、ウジュクの露骨な不気味さと好色さを察知し警戒心を抱きますが、宦官と娘は彼の申し出に感謝し、渋る戦士たちに受け入れるよう懇願したため、二人はしぶしぶ同意します。

四人はウジュクに案内され、巨大な建物である修道院、次いで食堂へと通されます。戦士二人は武器を置くよう促されますがこれを拒否し、食事にも手をつけず、疑念を深めます。宦官と娘もようやくウジュクが聖職者らしからぬ人物だと気づき始めた頃、ゾバルとクシャラは、同席する修道士たちの「影」が不自然であることに気づき、大修道院長が正体不明の魔物であると確信します。四人分の寝室が用意されていましたが、一行は一部屋に集まることにし、ルバルサは寝台に、シムバンは床に就寝し、ゾバルとクシャラは戸口の外で見張りをしました。

夜明け前、警護にあたっていた二人の戦士は、中庭からの物音で目を覚まします。クシャラが見張りを続け、ゾバルが物音の元を調べに向かいます。人語の囁きを追ったゾバルは、地下納骨所への扉を発見し降りていきます。そこでゾバルは、ミイラと化した存在から語りかけられます。その存在は「わしはプトゥームの大修道院長のウルドルだ」と名乗り、自身が真の大修道院長であると明かします。ウルドルの語るところによれば、ウジュクはウルドルが過去に女夢魔に欺かれて関係を持ったことで生まれた、半人半魔の子であるというのです。ウルドルはゾバルが持つ「善なる魔術矢」で自分に慈悲の死を与えてくれるよう懇願し、その矢ならば邪悪な不死をも貫通してウジュクをも殺すことができると助言します。また、自身の首にかけられた護符が幻術を解除する力を持つことも教えました。ゾバルはウルドルの願いを聞き入れ、彼に安らかな死を与えて地上へ戻ります。

仲間たちの声と、不快な笑い声が響く寝室へと駆けつけると、クシャラの奥の戸口が壁で塞がれていました。魔術によって生じた壁の奥からは、宦官と娘の怯えた声が聞こえてきます。クシャラは何が起こったか理解できませんでしたが、ゾバルがウルドルから受け取った護符を取り出し壁に触れさせると、壁は瞬時に消え去りました。そればかりか、周囲の全ての幻影が消滅し、壮麗に見えたプトゥーム修道院そのものが、ただの廃墟と化します。シムバンの無残な惨殺死体の向こうでは、真っ黒な夢魔の姿となったウジュクがルバルサに覆いかぶさり、彼女は必死に抵抗していました。化物の姿となったウジュクは、ゾバルとクシャラに気づき、敵意を剥き出しにして向き直ります。クシャラが愛用の槍を構えて飛び出しますが、すぐさま12人の修道士が現れ、彼らは数に任せてクシャラを圧倒します。ゾバルは修道士たちのさらに奥にいるウジュクに狙いを定め、ウルドルの託した魔術矢を放ちます。矢を受けたウジュクは断末魔を上げて倒れ、身をよじった後に動かなくなりました。ウジュクが絶命すると、彼に従っていた修道士たちもまた影のように消え失せます。ウジュクの巨大な体はみるみる縮小し、辺りには耐え難い腐敗臭が立ち込めました。混乱するクシャラに対し、ゾバルはウジュクが死んだことで彼の邪悪な幻影が解けたのだと説明します。ルバルサも混乱していましたが、幸い傷はありませんでした。

危機を共に乗り越えたゾバルとクシャラは、互いがルバルサに対して深い愛情を抱いていることに気づきます。ゾバルは、もはや彼女を王のもとへ連れて行くことはできないと判断し、二人で異国へ逃れること、そしてルバルサをどちらの伴侶とするかを籤で決めようと提案します。真の友であるクシャラなら、たとえ籤に負けても恨むことはないだろうと考えたのです。クシャラもその提案に同意します。二人は倒れた夢魔ウジュクの五本指を拾い上げ、兜に納めて籤引きを始めます。結果はゾバルが勝ちましたが、クシャラは悔しがりながらも結果を受け入れます。しかし、最終的にルバルサが自身の意志で選んだのは、クシャラでした。

プトゥームの悲劇

プトゥーム修道院の悲劇は、1000年以上前に遡ります。北方の黒人帝国イルカルから、清浄な処女の女神オジュハルを崇拝する禁欲的な宗団がヨロス国へと追放されてきました。イルカルの皇帝に憎まれた修道士たちは、大修道院長ウルドルの指導のもと、イズドレルの砂漠に修道院を建立し、俗世を避けて敬虔な信仰生活を送っていました。しかし、時が経つにつれて多くの修道士たちが世を去り、高潔な生活と魔術によって長命を保っていたウルドルが最後の一人となります。

孤独となった大修道院長のもとには、砂漠の女夢魔たちが誘惑に訪れるようになりました。ウルドルは懸命に抵抗しましたが、中には狡猾な夢魔もおり、ついに彼は欺かれて不浄な交わりを結んでしまいます。この禁断の関係から、半人半魔の悪鬼ウジュクが生まれてしまいました。この出来事に怒った神オジュハルは、ウルドルに厳しい贖罪を命じます。さらに悲劇的なことに、ウジュクは老いて弱った実父ウルドルを地下納骨所に放り込み、監禁してしまいます。ウルドルはそこで肉体が朽ちていくにも関わらず、決して死ぬことはなく、聖者としての幻視の力によって、その後1000年間にわたり息子ウジュクの悪行を見続けることとなりました。

ウジュクは父ウルドルから大修道院長の地位を奪い、不死性と地獄の力を得てプトゥームを支配します。彼は普段、妖術を用いて修道院の姿を隠しており、自身の目に留まった者が近くに来ると幻影を現し、誘い込みます。捕らえられた男たちは喰らい尽くされ、女たちは彼の情欲を満たすための奴隷とされました。彼が操る12人の修道士もまた、実体のない影のような存在に過ぎなかったのです。

主な登場人物

ゾバル：ヨロス王に仕える弓兵。物語の主人公であり、勇敢な戦士。乗馬は神経質な種馬。
クシャラ：ヨロス王に仕える槍兵。ゾバルの戦友であり、彼もまた優れた戦士。乗馬は白黒ぶちの武装牝馬。
シムバン：ホアラフ王の後宮の調達を担う宦官。肥満体で臆病な性格。騎乗用と荷物用に二頭の驢馬を連れていた。
ルバルサ：イズドレルに住む遊牧民の美しい娘。祖母と二人暮らしだったが、シムバンに買い取られる。王が用意した専用の去勢馬に乗る。
ウジュク：プトゥームの修道院の大修道院長を名乗る悪役。長身の黒人に見えるが、その正体はウルドルと女夢魔の子である半人半魔の悪鬼。二本角のある紫色の帽子を被り、妖術で人々を惑わす。その影は本体とはかけ離れて不格好に大きい。
ウルドル：真のプトゥームの黒人の大修道院長。処女の女神オジュハルを信仰する禁欲宗団の指導者だったが、女夢魔に欺かれウジュクをもうけてしまう。息子ウジュクに地下納骨所に監禁され、ミイラ化してもなお生き永らえ、ウジュクの悪行を見続ける。
ホアラフ王：ヨロス国の国王。ゾバルやクシャラを重用する。
アムドク：ヨロスの宮廷魔術師。ゾバルに、魔物を退ける力を持つ魔術的な矢毒を与えた。クシャラにも同様の武器を授けようとしたが、彼は愛用の槍に勝るものはないと断った。
12人の修道士：黄色い頭巾を被り、ウジュクによく似た黒人たちに見えるが、実体を持たないウジュクの幻影。影がないのが特徴。
オジュハル：処女の女神。ウルドルが率いた禁欲宗団が崇拝する対象。

収録情報

本作は、日本語訳として以下の書籍に収録されています。

『ゾティーク幻妖怪異譚』（創元推理文庫、大瀧啓裕訳）
『呪われし地』（アーカム・ハウス叢書、小倉多加志訳。「プトゥームの黒い僧院長」の題名で収録）

また、同じヨロス王国やその首都ファラードが登場する関連作品として『拷問者の島』があり、この作品では王国が銀死病によって滅亡することが描かれています。

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