プライヴェート・ダンサー

プライヴェート・ダンサー：ティナ・ターナー復活の軌跡

『プライヴェート・ダンサー』（Private Dancer）は、アメリカ合衆国の偉大な歌手、ティナ・ターナーが1984年にリリースしたスタジオ・アルバムです。本作は、約5年ぶりとなるソロ作品であり、長らく厳しい状況にあった彼女のキャリアにおける劇的な転換点となりました。このアルバムの全世界的な成功により、ティナ・ターナーは再び音楽シーンの最前線に躍り出たのです。

音楽評論家のアレックス・ヘンダーソンは、allmusic.com上で、発表当時45歳だったティナ・ターナーが本作で成し遂げたカムバックは「アメリカのポピュラー音楽史においても特に驚嘆すべきもの」と称賛しました。また、『タイム』誌が2008年に選出した「トップ10カムバック・アルバム」の一つとしても本作が挙げられており、その歴史的な意義は広く認められています。日本国内でも、ブロードキャスターであるピーター・バラカン氏がいち早く本作を高く評価していました。

制作背景

1976年にアイク・ターナーとの離婚が成立し、音楽活動を共に行っていた「アイク＆ティナ・ターナー」が解散した後、ティナはソロ活動に軸足を移しました。しかし、その後のソロ・アルバムやシングルは思うようにチャートに食い込むことができず、厳しい時期が続きました。そんな中、当時のキャピトル・レコードのA&Rであったジョン・カーターが彼女と契約を結び、本作の制作がスタートします。

カーターが後に振り返ったところによると、アルバム制作は決して容易ではありませんでした。楽曲提供を依頼しても、「ティナ・ターナー？」「昔そんな人いたね」「どうでもいいよ」といった冷淡な反応が多く、難航を極めたといいます。そうした困難を乗り越え、カーター自身も一部楽曲のプロデュースを手がけるほか、ルパート・ハイン、テリー・ブリテン、マーティン・ウェア、ジョー・サンプルといった多彩な才能を持つプロデューサーたちが集結し、アルバムのサウンドを作り上げていきました。

本作には、新曲に加え、往年の名曲のカヴァーも収録されました。アン・ピーブルスの「雨に打たれて」（1973年）、アル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥギャザー」（1971年）、ビートルズの「ヘルプ」（1965年）、デヴィッド・ボウイの「1984」（1974年）など、幅広いジャンルから選ばれた楽曲がティナ・ターナー独特の解釈で歌い上げられています。また、エリック・バードン&アニマルズの「若い思い出」もレコーディングされました。

特に注目すべきは、タイトル曲「プライヴェート・ダンサー」です。この曲はダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーによって提供されました。ノップラー自身はレコーディングに参加していませんが、ダイアー・ストレイツの他のメンバーが演奏を務め、さらにジェフ・ベックやメル・コリンズといった豪華なゲストミュージシャンが参加しています。ジェフ・ベックは「スティール・クロー」でも圧巻のギター・ソロを披露し、アルバムに彩りを加えています。

大きな反響と成功

アルバムに先立ち、1983年に先行シングル「レッツ・ステイ・トゥギャザー」がリリースされると、これは母国アメリカのBillboard Hot 100で26位に達し、イギリスではティナ・ターナーのソロ名義としては初めて全英シングルチャートにランクインし、最高6位を記録するという、復活の兆しを見せました。本作からはその後も立て続けにヒット・シングルが生まれ、中でも「愛の魔力」（What's Love Got to Do with It）は全米シングルチャートで自身初の1位を獲得し、全英でも3位となる最大のヒットとなりました。

アルバム自体も驚異的な成功を収めます。アメリカのBillboard 200では最高3位、R&Bアルバム・チャートでは堂々の1位に輝きました。発売からわずか3ヶ月でプラチナ・ディスクに認定され、1987年には5xプラチナを達成するなど、記録的な大ヒットとなりました。アメリカ盤LPの初回盤は「ヘルプ」を含まない9曲入りで、現在のCDとは曲順が異なるという仕様の違いも特筆されます。

イギリスの全英アルバムチャートでも、1984年6月30日付で初登場16位を記録。9月には2週連続で最高2位に達し、その後も98週連続でトップ100圏内に留まるという驚異的なロングセラーとなりました。その後も何度か再浮上し、1990年の時点で通算147週トップ100入りを果たすなど、その人気と影響力の持続性を示しました。オーストリアのアルバム・チャートでも、1984年11月15日付で初登場5位となり、1985年5月1日付から6月1日付にかけて1位を独占するなど、ヨーロッパ各地でも成功を収めました。

高い評価

『プライヴェート・ダンサー』は、その音楽性と商業的な成功の両面で高く評価されました。特にグラミー賞では、本作収録曲「愛の魔力」が最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀女性ポップ・ボーカル・パフォーマンス賞という主要部門を含む3部門を独占受賞するという快挙を成し遂げました。さらに、「あなたのとりこ」（Better Be Good to Me）でも最優秀女性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞し、合計4部門を受賞しました。アルバム自体もグラミー賞の最優秀アルバム賞にノミネートされ、「レッツ・ステイ・トゥギャザー」も最優秀女性R&Bボーカル・パフォーマンス賞にノミネートされるなど、音楽界の最高峰でその実力が認められました。

音楽メディアからの評価も高く、『ローリング・ストーン』誌が選出した「80年代のベスト・アルバム100」では47位にランクイン。Slant Magazineのスタッフが2012年に選出した「1980年代のベスト・アルバム」でも63位にランクインするなど、その時代を代表する重要作品として位置づけられています。

派生作品と展開

本作の成功は、様々な派生作品や展開にも繋がりました。オーストラリアでは、アルバム収録曲のリミックス5曲と、ブライアン・アダムスとのデュエットによる「イッツ・オンリー・ラヴ」のライブ音源を収めたミニ・アルバム『Private Dance Mixes』が1984年にリリースされ、日本でも1985年に発売されました。1985年6月8日には、アメリカで本作に焦点を当てたドキュメンタリー番組『Private Dancer』がテレビ放映され、ティナと監督のデヴィッド・マレットは、この作品でグラミー賞最優秀長編ミュージック・ビデオ賞にノミネートされました。

また、1997年にはアメリカやイギリスで、オリジナル収録曲にボーナス・トラック7曲を追加したリマスターCDがリリースされました。これらのボーナス・トラックには、本作からのシングルのカップリング曲として発表され、スタジオ・アルバムには未収録だった楽曲も含まれており、ファンにとっては貴重な音源が追加されました。さらに、現代では高音質なサウンドでアルバムを楽しむ機会も提供されており、2015年からはe-onkyoを通じて、本作のハイレゾ音源（96kHz/24bit）が配信されています。

『プライヴェート・ダンサー』は、ティナ・ターナーの不屈の精神と、困難を乗り越え輝きを取り戻したアーティストの力強さを象徴する作品として、今なお多くの人々に愛され続けています。その音楽的な質の高さと、一人のアーティストの壮大なカムバック・ストーリーが融合した、ポピュラー音楽史における不朽の名盤と言えるでしょう。

もう一度検索