プランクトミケス門

プランクトミケス門 (Planctomycetes)

プランクトミケス門は、グラム陰性細菌に分類される門の一つであり、主に水中で従属栄養性を示す多様な細菌を含むグループです。系統樹上では、ウェルコミクロビウム門やクラミジア門といった他の細菌群と遺伝的に近く、これらを総称してPVC群（またはプランクトバクテリア）と呼びます。

門の名称は、タイプ属であるプランクトミケス属（Planctomyces）に由来します。その名はギリシャ語で「漂う」を意味する「プランクトス」と、「菌」を意味する「ミュケス」をラテン語化したもので、水中で浮遊して生活する様子を表しています。

特異な細胞構造と生活環

プランクトミケス門に属する細菌は、原核生物としては非常に複雑な細胞構造や独特な生活環を有することが知られています。細胞の形態は一般的に卵形ですが、中には柄状の構造を持つ種も存在し、また多くの細菌が行う二分裂ではなく、酵母のように出芽によって増殖する点もユニークです。

細胞壁の組成も特徴的で、従来、通常の細菌の細胞壁主成分であるペプチドグリカンを含まないと考えられていましたが、近年の研究により、その存在が確認されています。

さらに驚くべきことに、プランクトミケス門の細菌は、細胞質内に核膜に似た区画構造を形成することが知られています。この区画はリボソームを含まない領域であり、このような構造は、プランクトミケスを含むPVC系統の細菌と、イグニコックス（Ignicoccus）という特定の古細菌でのみ報告されている、極めて珍しい特徴です。

特にゲマタ・オブスクリグロブス（Gemmata obscuriglobus）のような種では、細胞が細胞壁、細胞膜、その内側のパリフォプラズム（paryphoplasm）、さらに内細胞膜に囲まれたリボプラズマ（riboplasma）、そして核様体（nucleoid）というように、幾重にも隔てられた区画に高度に分かれていることが観察されています。また、真核生物に見られるエンドサイトーシスに類似した、外部からタンパク質を取り込む機構の存在も報告されています。

これらの複雑な細胞内構造や機能の発見は、真核生物が誕生する過程において、プランクトミケス門のような細菌が何らかの形で関与した可能性を示唆する仮説につながっています。

多様な代謝と生態

この門に含まれるほとんどの種は、酸素を利用して有機物を分解する好気性の従属栄養生物ですが、系統樹上で最初期に分岐したと考えられている*ブロカディア目（Candidatus Brocadiales）に属するグループは異なり、酸素のない環境で独特な代謝を行います。このグループは嫌気的アンモニア酸化（Anammox）を行うことで知られています。

Anammox細菌は、亜硝酸を電子の受け取り手として利用し、アンモニアを窒素ガスへと酸化するという、他の生物にはほとんど見られない特異なエネルギー獲得代謝を持っています。さらに、細胞膜には「ラデラン」と呼ばれる特殊な環状構造を持つ脂質分子が含まれている点も特徴です。

Anammox細菌は、増殖様式も他のプランクトミケス門の細菌とは異なり、出芽ではなく一般的な細菌と同様に二分裂によって増えます。また、細胞質内には「アナモキソソーム」という、Anammox反応を行うための膜に囲まれた細胞内小器官を持つことも、他のプランクトミケス門の細菌には見られない特徴です。

Anammox細菌の暫定的な分類としては、ブロカディア属（Candidatus Brocadia）、クエネニア属（Candidatus Kuenenia）、アナモキソグロブス属（Candidatus Anammoxoglobus）、スカリンデュア属（Candidatus Scalindua）、イェッテニア属（Candidatus Jettenia）など5つの属に、現在までに約20種が提案されています。

プランクトミケス門の細菌は、従来は主に水環境から分離・報告されていましたが、近年の分子生物学的な手法を用いた調査により、土壌環境など、様々な場所からもその存在を示す遺伝子配列（16S rRNA遺伝子配列）が見つかっており、その生息域は当初考えられていたよりも広いことが分かっています。

主な分類

ピキスパエラ綱 (Phycisphaerae)
ピキスパエラ目 (Phycisphaerales)
ピキスパエラ科 (Phycisphaeraceae)
Phycisphaera 属
プランクトミケス綱 (Planctomycetacia)
プランクトミケス目 (Planctomycetales)
Gemmataceae 科: Fimbriiglobus, Gemmata, Telmatocola, Zavarzinella
Isosphaeraceae 科: Aquisphaera, Isosphaera, Paludisphaera, Singulisphaera, Tundrisphaera
プランクトミケス科 (Planctomycetaceae): Blastopirellula, Bythopirellula, Candidatus Anammoximicrobium, Fuerstia, Gimesia, Mariniblastus, Pirellula, Planctomycrobium, Planctomyces, Planctopirus, Rhodopirellula, Roseimaritina, Rubinisphaera, Rubripirellula, Schresneria, Thermogutta, Tuwongella
Candidatus Brocadiales
Candidatus Brocadiaceae 科
Candidatus Anammoxoglobus, Candidatus Brocadia, Candidatus Jettenia, Candidatus Kuenenia, Candidatus Scalindua* 属

もう一度検索