プレイエル

プレイエル（Pleyel et Cie）

プレイエル社は、フランスに設立された歴史あるピアノ製造会社です。その名は、作曲家としても著名なイグナツ・プレイエルと、彼の息子で優れたピアニストでもあったカミーユ・プレイエル（1788-1855）によって世界に知られることとなりました。特に、夭折の天才フレデリック・ショパンがこよなく愛し、その音楽創作のパートナーとしたことで名高い存在です。また、パリに建設された名門コンサートホール「サル・プレイエル」の運営も長年にわたり手掛け、ショパンがパリで初めて、そして生涯最後の公式演奏会を開催した場所としても歴史に名を刻んでいます。単なるピアノ製造にとどまらず、19世紀末には初めての半音階ハープを製作したり、20世紀初頭にはワンダ・ランドフスカの要請に応えてチェンバロ（ハープシコード）の復興に力を貸すなど、様々な鍵盤楽器の分野で革新的な取り組みを行ってきました。

プレイエルの歴史

プレイエルの名が冠された最初のピアノが誕生したのは1807年のことです。創業者イグナツ・プレイエルは、1813年には正式に息子カミーユに経営の多くを委ねるようになります。父イグナツの健康状態が悪化した1829年には、プレイエル親子は事業の整理を進め、長年の友人であり著名なピアニストでもあったフリードリヒ・カルクブレンナーが、新たな会社「プレイエル・アンド・カンパニー」を設立してピアノ製造販売事業を引き継ぎました。

1855年にカミーユが亡くなると、その経営権はオーギュスト・ヴォルフへと引き継がれます。ヴォルフは大胆な経営手腕を発揮し、工場をパリから郊外のサンドニへ移転させました。広大な敷地を持つ新工場は目覚ましい生産力を誇り、1866年の最盛期には年間3000台ものピアノを世に送り出し、プレイエルの黄金時代を築きました。1887年にヴォルフが死去した後は、彼の義理の息子であるギュスターブ・リヨンが経営を引き継ぎます。卓越した音楽的才能に加え、鉱山技師としての専門知識も兼ね備えていたリヨンは、工場の近代化を成功させ、生産体制をさらに強化しました。この時期、プレイエル社はパリ市内に複数のショールームを構えるほか、ブリュッセル、ロンドン、シドニーといった主要都市にも支店を展開し、国際的な企業へと成長しました。

1927年には、プレイエルの象徴ともいえる「サル・プレイエル」がパリに完成します。しかし、栄光の時代は長くは続きませんでした。1930年にリヨンが経営から退いた後、1929年の世界恐慌の余波を受け、プレイエル社のピアノ部門は経営が悪化し、1933年には財産管理下に置かれてしまいます。そして翌1934年、ついに会社は破産に至りました。一方、サル・プレイエルはフランスの大手金融機関であるクレディリヨネ銀行の傘下に入り、その管理は1998年まで続くこととなります。

経済的苦境の中、プレイエルは1961年にガヴォー・エラール社と合併し、「ガヴォー・エラール・プレイエル」となります。しかし、多くのピアニストは、この合併によりプレイエル本来の独特な音色が失われたと指摘しています。1971年には、ドイツのピアノメーカーであるシンメル社に買収され、ピアノ製造の拠点はドイツへと移されました。このシンメルによる経営は約25年間に及びましたが、これに反発したフランス側の技術者たちは、新たな出資者を得て北フランスに独自の工房を設立。ラモー（Rameau）という別のブランド名で、フランスの伝統的なピアノ製造技術を守り続けました。

歴史が動いたのは1995年です。サル・プレイエルの所有者であったクレディリヨネ銀行が金融スキャンダルに揺れ、その資産が国の管理下に置かれて競売にかけられることになりました。この機をとらえたフランス人実業家ユーベル・マルティニがサル・プレイエルを買い取り、さらに南仏アレスで活動していた旧プレイエル系の工場の再建にも乗り出します。工場の名称も「マニュファクチュール・フランセーズ・ド・ピアノ（Manufacture Francaise De Pianos）」、すなわち「フランス・ピアノ製造会社」へと変更されました。そして1998年、サル・プレイエルの実質的な売却が完了し、約70年ぶりにコンサートホールとピアノ工房というプレイエルの二つの柱が再び一つに結ばれたのです。サル・プレイエルは2006年9月に再開され、再び数多くのコンサートが開催されるようになりました。

2002年にはマルティニの要請を受け、アルノー・マリオンがサル・プレイエルとフランス・ピアノ製造会社の経営に参画します。2006年当時、製造会社はアラン・ラフォンによって運営されていました。しかし、業績の低迷から、2007年に南フランスのアレス工場は閉鎖され、パリ郊外に小規模なアトリエ工房として再出発を切りました。生産体制は完全な受注生産となり、年間の生産台数はわずか十数台と、まさに零細企業としての活動を強いられることになります。そして2013年、ついにピアノ本体の生産中止が発表されました（ただし、在庫の販売は続けられました）。

2014年9月には、パリ中心部のヴィアデュック・デザールにある建物へと本社を移転しました。現在は、かつて製造されたプレイエルピアノの修復業務が事業の中心となっています。特注のグランドピアノのみ、例外的に製造に応じています。2016年には中国に販売会社も設立され、新たな展開も見せています。

特徴と製品

プレイエルピアノは、その美しい音色で特にフレデリック・ショパンがこよなく愛した楽器として有名です。伝統的な黒や木目調仕上げに加え、現代アーティストが手掛けた個性的なデザインのアートケース・ピアノも発表されています。歴史的な楽器としては、1830年型のプレイエルピアノが、現代の著名なピアノ製作者ポール・マクナルティによって2009年に見事に復元されました。この復元楽器は、現在ワルシャワのフレデリック・ショパン研究所の貴重なコレクションの一部となっており、2018年に開催された第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールでも使用され、注目を集めました。

録音における存在感

かつてのSPレコード時代には、多くのピアニストがプレイエルピアノを使用して録音を行いました。中でも、アルフレッド・コルトーが1930年代に行った歴史的な録音は、すべてプレイエルで行われています。近年では、復元された歴史的なプレイエルピアノや、そのレプリカを用いたピリオド楽器での演奏録音も多数リリースされており、ショパンをはじめとする当時の音楽の響きを現代に伝えています。

主な録音例（一部）：

Yuan Sheng: Frederic Chopin. Ballades Nos 1-4/Impromptus Nos 1-4. (1845年製プレイエル使用)
Freddy Eichelberger: Beranger. Chansons. (1845年製プレイエル使用)
Ronald Brautigam: Felix Mendelssohn. Piano Concertos. (1830年製プレイエルのレプリカ使用)
Alexei Lubimov: Chopin, Bach, Mozart, Beethoven: at Chopin’s home piano. (1843年製オリジナルアップライト・プレイエル使用)

その他

パリメトロ13号線には「カルフール・プレイエル」駅があり、その名はかつてこの地にあったプレイエルの大規模工場に由来しています。

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