プロタゴラス (対話篇)

プラトンの初期対話篇『プロタゴラス』：知恵と徳をめぐる問答劇

プラトンの代表作の一つである『プロタゴラス』は、紀元前433年頃のアテナイを舞台に、ソクラテスとソフィストの巨匠プロタゴラス、そして彼を取り巻く人々の興味深い議論を描いた対話篇です。若き日のアルキビアデスやクリティアスといった後の歴史に名を残す人物も登場し、当時のアテナイの知的・社会的な雰囲気を垣間見ることができます。

物語の展開：ソクラテスとプロタゴラスの出会い

物語は、ソクラテスの友人が彼を呼び止めるところから始まります。ソクラテスは、先程まで著名なソフィストであるプロタゴラスと議論をしていたことを明かし、その内容を友人へと語ります。

その日未明、青年ヒッポクラテスがソクラテスを訪ね、プロタゴラスに教えを請いたいが、面識がないためソクラテスに仲介を依頼するという場面から物語は展開していきます。

ソクラテスとヒッポクラテスは、ソフィストの役割や、自身の魂の育成について議論を交わした後、プロタゴラスが滞在するカリアスの家へと向かいます。

カリアスの家での議論：徳の定義をめぐる攻防

カリアスの家には、プロタゴラスの他に、ヒッピアスやプロディコスといった著名なソフィストたちも集っていました。ソクラテスはプロタゴラスにヒッポクラテスを紹介し、徳の教育可能性について議論を始めます。

ソクラテスは、プロタゴラスに徳とは何か、そしてそれが教育できるものであるのかを問いかけ、その定義をめぐる議論を展開します。プロタゴラスは、徳は様々な要素から成り立つ複合的な概念であると主張する一方、ソクラテスは、より厳密で整合的な定義を求めます。

議論は、「徳」と正義、節制、敬虔といった概念の関係性から始まり、詩の解釈、勇気の本質へと発展していきます。ソクラテスは、巧みな問答によってプロタゴラスの主張の矛盾点を指摘し、プロタゴラスの相対主義的な立場を揺るがしていきます。

善悪と快苦：知恵と計量術

議論は、善悪と快苦の関係性へと移り変わります。ソクラテスは、善き人生とは何かを問いかけ、快楽追求だけでは不十分であることを示唆します。彼は、将来的な結果まで考慮に入れた「計量術」のような知恵こそが、真の善き生き方へと導くと主張します。

この議論の中で、ソクラテスは「悪は無知から生じる」という重要な命題を提示します。目先の快楽に囚われず、将来的な結果を見据える知恵を持つことが、悪を避け、善き人生を送る上で不可欠であると主張するのです。

勇気とは何か：知恵と勇気の関係

議論は、「勇気」の定義へと焦点が絞られていきます。ソクラテスは、勇気とは単なる恐れ知らずのことではなく、「恐ろしいものと恐ろしくないものを見分ける知恵」であると主張します。これは、善悪を見極める知恵が、真の勇気の本質であることを意味しています。

結論：未解決の問い

ソクラテスとプロタゴラスの議論は、最終的には決着を見ずに終わります。ソクラテスは、徳が教えられるものであるか否かという当初の問いに対する明確な答えを出せませんでしたが、この問答劇を通して、ソクラテスの哲学的な探求の深さと、ソフィストの主張の限界が浮き彫りになります。

『プロタゴラス』の哲学的な意義

『プロタゴラス』は、単なるソフィスト批判にとどまらず、徳、正義、勇気、知恵といった重要な概念についての深い考察を提供しています。ソクラテスの問答法を通して提示される哲学的な問いは、現代においてもなお、私たちに多くの示唆を与えてくれるでしょう。特に、ソクラテスが主張する「徳は知識である」という命題や「悪は無知から生じる」という命題は、後のプラトン哲学にも大きな影響を与え、今日でも議論の的となっています。また、善悪と快苦の関係性、そしてそれらを計量する知恵の必要性といったテーマは、倫理学や心理学といった分野においても重要な考察対象となっています。

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