ヘイムダル古細菌

ヘイムダル古細菌 (Heimdallarchaeota)

ヘイムダル古細菌（ヘイムダルアーキオータ、学名：Heimdallarchaeota）は、2017年に新たに提唱された古細菌の候補となる門の一つです。このグループは、系統解析の結果から、真核生物に最も近縁であると考えられている「アスガルド古細菌」の中でも、特に真核生物に近接した位置づけにあります。一部の解析では、ヘイムダル古細菌の内部系統であるヘズ古細菌（Hezarchaeota）の姉妹群として真核生物が配置されるという見解も示されています。

その名称は、先行して発見されたロキ古細菌（Lokiarchaeota）との関連から、北欧神話に登場する光の神「ヘイムダル」にちなんで名付けられました。かつては、研究の過程で「Loki2」や「Loki3」といった仮称で呼ばれていた系統が、このヘイムダル古細菌に該当します。

ヘイムダル古細菌は、多様な環境から発見されています。当初は北極海のガッケル海嶺にある「ロキの丘」と呼ばれる場所の沈殿物や、デンマークのオーフス湾の沈殿物から見出されました。その後、2018年にはルーマニアのテキルギオル湖やアマラ湖といった塩湖の沈殿物、さらには酸素が比較的豊富な海洋表層からもその存在が報告されています。しかし、これらの生息環境において、ヘイムダル古細菌が微生物群集全体に占める割合は、他の微生物と比較して限定的であることが分かっています。

現在、ヘイムダル古細菌の純粋培養には成功していません。そのため、その詳細な形態を電子顕微鏡で直接観察することは難しい状況です。しかし、蛍光in situハイブリダイゼーション法（CARD-FISH）を用いた細胞の可視化は行われています。ルーマニアの湖沼サンプルを用いた研究では、細胞サイズがおよそ2×1.4μm程度であり、細胞の中心部にDNAが凝集して存在するらしい特徴が観察されています。

培養が困難であるため、その生理機能の多くはゲノム情報からの推定に頼っています。断片的なゲノム解析が進められており、先行研究のあるロキ古細菌と同様に、真核生物が持つ遺伝子に類似したものが多数確認されています。推定されるゲノムサイズは系統によって幅があり、概ね3Mbpから6.35Mbpの範囲にあるとされています。これは、既知の古細菌の中では最大級のゲノムサイズと言えます。

生息環境やゲノム情報からの推測によると、ヘイムダル古細菌は通性好気性生物であり、混合栄養性であると考えられています。特に、沈殿物の深い層ではなく表層や酸素豊富な環境から検出される傾向があり、好気的な代謝経路を有していることがゲノム情報からも裏付けられています。さらに、光駆動プロトンポンプであるバクテリオロドプシンに関連する遺伝子を持っていることから、光エネルギーを利用する能力を備えていると推測されています。ゲノム情報の解析からは、酸素や硝酸塩を電子受容体として利用し、炭水化物、脂質、タンパク質など多様な有機物を分解・代謝する能力を持つ可能性が示唆されています。

また、アスガルド古細菌の候補門の中で、ヘイムダル古細菌は唯一、3つの異なるロドプシンファミリー（type-1ロドプシン、ヘリオロドプシン、シゾロドプシン）を保有することが報告されており、この点もそのユニークな生理機能を示唆しています。

純粋培養が実現していないため、その生態や生理機能の全容はまだ不明な点が多く、今後の研究による解明が待たれます。真核生物の進化の起源に迫る上でも、この興味深い古細菌群の研究は極めて重要視されています。

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