ヘクソカズラグンバイ

ヘクソカズラグンバイ（学名：Dulinius conchatus）は、カメムシ目に属する昆虫で、グンバイムシ科の一員です。インドやスリランカを原産とし、中国南部から東洋区にかけて自然分布しています。日本では近年になって確認された外来種であり、現在その生息域を拡大させています。

この昆虫の成虫は体長がおよそ2.6ミリメートルから3.2ミリメートルほどの大きさです。全体に淡い褐色を呈していますが、前胸背の背面にある膨らんだ付属突起の部分は黒褐色を帯びています。特徴的なのは、口吻が非常に長く、後脚の付け根の部分を大きく超えるほど伸びていることです。前胸背の構造も特異で、前端にある兜のような帽状部は大きく膨らんで頭部を覆い隠しています。また、前胸背の中央やや側方からは翼のような突起（翼状片）が突き出しており、これは左右に丸く張り出して半球形をなし、ほぼ垂直に立ち上がっています。この翼状片内部には3列の小さな部屋（小室）が見られます。さらに、前胸背のやや後方、正中線（体の中心線）の左右にも側隆起と呼ばれる半球形の膨らみがあり、これもほぼ垂直に立ち上がり、その高さは翼状片とほぼ同程度です。前翅は後方に向かってわずかに幅が広がる形状で、前縁域に含まれる小室の列数は、前端と後端では1列ですが、中央部分では3列となっています。

ヘクソカズラグンバイは、ヘクソカズラ（Paederia foetida）をはじめとするアカネ科の植物を宿主として寄生します。日本においては、主にヘクソカズラからの報告がほとんどですが、かつてヤエヤマアオキ（Morinda citrifolia）にも寄生したという古い報告もあり、実際に飼育環境下でヤエヤマアオキを宿主として繁殖が確認されています。寄生されたヘクソカズラの葉は、表面が白っぽく変色します。葉の裏側には、虫の糞とともに幼虫や成虫の姿が見られます。卵は葉の組織の内部に産み付けられます。日本での生活環については、年に3世代を経ると考えられています。

本種は中国南部から東洋区に分布する昆虫ですが、日本には人為的な要因によって侵入した外来種とされています。国内で最初に発見されたのは1996年、大阪府池田市でのことでした。当時の生息状況から、伊丹空港に到着した航空貨物に紛れ込んで侵入した可能性が高いと推定されています。2012年時点では、その分布範囲は本州の関東以西、四国、そして九州北部にまで広がっています。ただし、同じ頃に侵入した同科の外来種であるプラタナスグンバイ（Corythuncha ciliata）と比較すると、ヘクソカズラグンバイの分布拡大速度は明らかに遅いと指摘されています。これは、本種の主な宿主が実用性の低い雑草であるヘクソカズラであるため、被害の報告が上がりにくいことも一因と考えられます。分布拡大の要因としては、宿主植物とともに人為的に運ばれる可能性に加え、本種が生息する環境が交通量の多い乾燥した場所や道路沿いに偏っていることから、自動車などに付着して分散している可能性も示唆されています。

本種が属するヘクソカズラグンバイ属（Dulinius属）には、アジアに分布する本種の他に、アフリカから6種が知られています。この属の特徴として、帽状部が大きく膨らみ、翼状片と側隆起がいずれも半球状に発達して垂直に近い角度で立ち上がる形態が挙げられ、Dulinius conchatusがその代表種（タイプ種）となっています。

植物の汁を吸う昆虫であるため、一般的には農業害虫や園芸害虫として扱われます。しかし、日本国内におけるヘクソカズラグンバイの宿主は、現時点ではほぼヘクソカズラに限定されていると考えられています。ヘクソカズラへの影響は、葉を変色させるなど深刻なものと言えますが、ヘクソカズラがいわゆる「雑草」であるため、その被害が社会的に大きな問題として認識されることは少ないのが実情です。関連の研究論文などでも、ヘクソカズラへの影響について特に懸念を示す表現は見られません。

一方で、ヘクソカズラはハワイやフロリダといった地域では、在来の生態系を脅かす侵略的な外来植物として知られています。そのため、これらの地域でヘクソカズラを防除する手段として、ヘクソカズラグンバイを生物的防除に利用できないか検討された時期がありました。特に、ヘクソカズラと同属の植物がハワイやフロリダの在来植物相に含まれていなかったことから、本種を導入しても他の植物に悪影響を与えるリスクが低いと判断されたためです。しかし、前述のようにヤエヤマアオキでも繁殖が確認されたことにより、宿主の範囲がヘクソカズラに厳密に限定されるわけではないことが明らかになりました。このため、他の植物への影響の懸念から、現在では生物的防除の手段として利用することは難しいという判断がなされています。

もう一度検索