ヘラクレスとオンファレ (ルーベンス)

ヘラクレスとオンファレ：ルーベンスが描く神話の逆転劇

ピーテル・パウル・ルーベンスによって1606年から1607年頃に描かれた『ヘラクレスとオンファレ』は、古代ギリシャ神話の英雄ヘラクレスと、彼を奴隷としたリュディアの女王オンファレを描いた油彩画です。この作品は現在、パリのルーヴル美術館に所蔵されており、ルーベンスがジェノヴァ滞在中に、芸術庇護者ジョヴァンニ・ヴィンチェンツォ・インペリアーレのために制作されたと考えられています。

神話の背景：英雄の転落と愛の変容

ヘラクレスは、12の偉業を達成した後、狂気に陥り家族を殺害してしまいます。デルフォイの神託により、彼は自身の罪を償うために1年間奴隷として奉仕することを命じられます。その際、彼はリュディアの女王オンファレに買われ、彼女に仕えることとなりました。ヘラクレスとオンファレの物語には様々なバージョンが存在しますが、一般的なものはオンファレがヘラクレスの力と偉業を称賛し、彼を自由の身とした後、愛人そして夫としたというものです。

しかし、オウィディウスやセネカによれば、オンファレはヘラクレスに女性の服を着せ、羊毛を紡がせ、彼が退治したネメアのライオンの毛皮と棍棒を身に着けさせたとされています。セネカの記述では、女王オンファレは自身のスリッパで英雄ヘラクレスの顔を叩きさえしたとされています。このように、愛における男女の役割が逆転するこの主題は、そのユーモラスでコミカルな側面が、17世紀から18世紀にかけて多くの画家によって取り上げられるようになりました。特に18世紀には、ヘラクレスの主題は英雄的な偉業から恋愛へと焦点が移り、ルーベンス、フランソワ・ブーシェ、フランソワ・ルモワーヌなどの画家たちが、この神話的主題を代表する画家として知られています。

また、ヘラクレスがオンファレに恋をして自ら奴隷となったという異説や、オンファレに拒絶されたヘラクレスが女装したというピーコックの噂など、様々な変種が存在します。これらの物語に共通するのは、英雄的な人物であったヘラクレスの変化であり、彼の変化への興味は、恋愛における男女の役割の逆転と深く関連しています。

作品の詳細：逆転した役割と視覚的な表現

ルーベンスの描く『ヘラクレスとオンファレ』では、二人は裸体で表現されており、ヘラクレスの筋骨隆々な身体には、ルーベンスがイタリアで触れた古代彫刻『ベルヴェデーレのトルソ』や『ラオコーン像』などの影響が強く見られます。

画面を支配するオンファレは、右側の石棺の上に立ち、ライオンの毛皮を身に着け、ヘラクレスの棍棒を手にしています。一方、画面中央のヘラクレスは女性用の頭巾をかぶり、腰掛に座り、片手に糸巻き棒、もう一方の手に糸を持っています。彼は、足で女王の赤い衣服を踏みつけており、彼の耳をオンファレが摘んでいます。ヘラクレスの後ろでは、同じく女装をした奴隷がひざまずき、子供の奴隷と共に羊毛を紡ぎ、オンファレがヘラクレスを支配している様子を見つめています。女王の足元には白い犬が描かれており、忠誠心の象徴とされています。

絵画の背景には、古代建築の要素（付柱、アーケード、花輪、パーン神の胸像）が配置され、前景のヘラクレスの足元にある石棺には、戦車で地面に倒れる雄牛を描いた浅浮き彫りが施されています。

この作品は、神話の英雄が愛によって変化し、男女の役割が逆転するというテーマを、ルーベンスならではのダイナミックな構図と豊かな色彩で描き出した傑作と言えるでしょう。

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