ヘンリエッタ・アン・ステュアート

ヘンリエッタ・アン・ステュアート：激動の生涯

ヘンリエッタ・アン・ステュアート（Henrietta Anne Stuart, 1644年6月16日 - 1670年6月30日）は、イングランドとスコットランドの王族であり、フランスのオルレアン公フィリップ1世の妃として知られています。兄のチャールズ2世からは「ミネッテ（子猫ちゃん）」と愛称で呼ばれ、フランスでは「アンリエット・ダングルテール」または「マダム」として親しまれました。彼女の生涯は、政治的陰謀、宮廷の愛憎劇、そして芸術と文化の隆盛が交錯する、波乱に満ちたものでした。

生い立ちと亡命

ヘンリエッタは、イングランド王チャールズ1世とフランス王女ヘンリエッタ・マリアの間に生まれました。兄にはチャールズ2世とジェームズ2世、姉にはオラニエ公妃メアリー・ヘンリエッタがいました。フランス王ルイ14世とオルレアン公フィリップ1世は母方の従兄にあたります。

彼女が生まれる2年前の1642年に清教徒革命が勃発。内戦中の1644年にヘンリエッタは誕生しました。1646年に父は敗北し処刑、1649年には母と共にフランスへ亡命します。フランスでカトリックとして育てられたヘンリエッタは、時折、兄弟たちと面会を重ねていました。

1660年、王政復古により長兄チャールズ2世がイングランド王として即位。ヘンリエッタも母と共に帰国しました。美しく、優れた話術を持つ王女として成長した彼女は、たちまち宮廷で評判となりました。その噂を聞きつけたルイ14世の宰相マザランは、ヘンリエッタをオルレアン公フィリップ1世の妃に迎えようと画策し、この縁談は成立しました。

結婚と宮廷生活

1661年、ヘンリエッタはオルレアン公と結婚しました。しかし、夫は男色家で彼女に関心を示さず、孤独を感じたヘンリエッタは、義兄であり従兄でもあるルイ14世と不倫関係になります。この関係を隠蔽するために侍女のルイーズ・ド・ラ・ヴァリエールが王の偽の愛人となりますが、ルイ14世は本当にルイーズを愛するようになり、ヘンリエッタは深く傷つきました。その後、彼女は夫の愛人と噂されるギーシュ伯爵を愛人にするも、夫の怒りを買い、宮廷での評判を落としました。

ヘンリエッタは教養豊かで、芸術家たちの育成と保護に力を尽くしました。自宅のサロンには、哲学者、画家、文学者、音楽家が集まり、芸術論を交わしました。劇作家ジャン・ラシーヌは、彼女に献辞を贈った『アンドロマック』で成功を収め、彼女の依頼で書いた『ベレニス』で、作家としての地位を不動のものとしました。

夫婦の間には3人の子供が生まれますが、夫婦仲は改善されませんでした。オルレアン公は、愛人のフィリップ・ド・ロレーヌを館に連れ込み、騒ぎを起こしていました。ヘンリエッタは、この苦境をルイ14世に訴えました。王は、二人の不仲がイングランドとの関係に悪影響を及ぼすことを恐れ、ロレーヌを投獄しました。

ドーヴァー秘密条約と突然の死

1668年、ルイ14世はオランダに対抗するため、イングランドとの同盟を決意し、ヘンリエッタに協力を求めました。彼女は密使としてイングランドへ渡り、1670年5月、ドーヴァー秘密条約を締結します。

しかし、帰国後の6月、ヘンリエッタはサン＝クルーの館で、チコリを飲んでいる最中に突然倒れ、急死しました。死因は潰瘍による腹膜炎とされていますが、彼女の召使を買収して毒殺を企てたロレーヌの噂も流れました。彼女の葬儀は盛大に執り行われ、サン＝ドニ大聖堂に埋葬されました。

子女とそのその後

ヘンリエッタは結婚後、8回妊娠しましたが、無事に成人したのは2人の娘だけでした。

マリー・ルイーズ・ドルレアン（1662年 - 1689年）：スペイン王カルロス2世と結婚しましたが、後継者を残せず、26歳で死去。毒殺説もあります。
アンヌ・マリー・ドルレアン（1669年 - 1728年）：サヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世と結婚し、サルデーニャ王妃となりました。ルイ15世の母方の祖母にあたります。

ヘンリエッタ・アン・ステュアートは、その短い生涯の中で、政治、文化、そして愛憎劇の中心にいました。彼女の生涯は、17世紀ヨーロッパの激動期を象徴する出来事として、今もなお語り継がれています。

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