ヘンリー・ウッド

サー・ヘンリー・ウッド：イギリス音楽界の巨人

サー・ヘンリー・ジョゼフ・ウッド (1869年3月3日 - 1944年8月19日) は、20世紀前半のイギリスを代表する指揮者です。BBCプロムスとして知られるプロムナード・コンサートを半世紀近く指揮したことで特に有名ですが、その功績は、イギリスのオーケストラ演奏水準の向上と、聴衆の音楽的嗜好の拡大という、英国音楽界全体に広がる大きな影響にまで及びます。

音楽一家に育ち、作曲家を目指して

ロンドンに生まれたウッドは、音楽一家に育ちました。父は教会の合唱隊員でチェロを演奏し、母はウェールズ出身で民謡を歌っていました。幼少期からヴァイオリン、ピアノ、オルガンを学び、14歳でオルガン・リサイタルを開くほどの実力を持っていました。その後、王立音楽アカデミーで作曲、ピアノ、オルガンを3年間学び、著名な声楽教師であるマヌエル・ガルシア二世のレッスンでは伴奏を務めるなど、音楽的才能を開花させていきます。

当初は作曲家を目指し、歌曲や器楽曲、オペレッタなどを発表しましたが、作曲家としては成功せず、やがて指揮の道へと進みます。いくつかのオペラ一座で指揮者を務め、アーサー・サリヴァンのオペラ『アイヴァンホー』の初演や、チャイコフスキーのオペラ『エフゲニー・オネーギン』のイギリス初演など、数多くの新作や初演に携わりました。この経験が、後の彼の活動の礎となります。

プロムナード・コンサート：大衆への音楽普及

1895年、ウッドのキャリアを決定づける出来事が起こります。ロンドンのクイーンズ・ホールで、安価なチケットとホール内での飲食を許可するなど、より大衆的な雰囲気の中で音楽を楽しめる「プロムナード・コンサート」が企画され、当時26歳だったウッドが指揮者に選ばれたのです。

当初は、いわゆる「クラシック風軽音楽」が中心でしたが、ウッドはオーケストラと観客の反応を慎重に見極めながら、徐々に本格的なクラシック音楽の演奏比率を高めていきました。ベートーヴェンやワーグナーの作品をプログラムに取り入れるなど、コンサートのレベルを着実に引き上げていったのです。

新作の導入とイギリス音楽界への貢献

ウッドは、多くの世界初演やイギリス初演を行い、イギリスの聴衆に新しい音楽を紹介することに尽力しました。エルガーなどイギリス人作曲家の作品はもちろんのこと、ドビュッシー、リヒャルト・シュトラウス、シベリウス、マーラーといったヨーロッパの作曲家の作品も多く取り上げています。しかし、シェーンベルクの『5つの管弦楽のための小品』やスクリャービンの交響曲第5番『プロメテ――焔の詩』など、必ずしも全てが好評だったわけではありませんでした。

また、忘れられていたバッハやヘンデルの作品を、大胆な編曲によって現代風に蘇らせ、聴衆に再発見させる役割も果たしました。特に、トラファルガー海戦の戦勝100周年を記念した『イギリスの海の歌によるファンタジア』は、BBCプロムスの定番曲として現在でも演奏されています。さらに、ムソルグスキーの『展覧会の絵』のオーケストラ編曲も、ラヴェル版に先駆ける試みとして高く評価されています。

オーケストラ改革の先駆者

ウッドは、ニキシュを師として、イギリスのオーケストラに多くの改革をもたらしました。標準ピッチを大陸基準に合わせることや、オーケストラの演奏水準向上のための徹底したリハーサル体制の導入、楽団員の仕事の質の向上、そして女性楽団員の採用など、多角的な改革を行い、イギリスのオーケストラを大きく変革しました。その手腕はイギリス国内にとどまらず、海外でも高く評価され、ニューヨーク・フィルやボストン交響楽団からも指揮者就任を要請されたほどでした。

晩年と評価

晩年は、自身の頑固な性格や後進の台頭、私生活での問題などにより、活動は停滞していきました。しかし、BBCプロムスでは中心的存在であり続け、第二次世界大戦中の混乱期にも、民間の支援を得てコンサートを継続しました。1944年、75歳の誕生日を祝うコンサートの後、生涯を終えました。

ウッドは、他の巨匠たちと比べると「小物」と評されることもありますが、オーケストラ運営、新作紹介、聴衆の音楽的嗜好の涵養における彼の功績は計り知れません。今日でもBBCプロムスでは、ウッドの胸像が舞台中央に飾られるなど、特別な存在として扱われています。彼の功績は、イギリス音楽界に大きな足跡を残しました。

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