ベルティル・オリーン

ベルティル・ゴットハード・オリーン（Bertil Gotthard Ohlin、1899年 4月23日 - 1979年 8月3日）は、20世紀のスウェーデンを代表する経済学者であり、また政治家としても重要な役割を果たした人物です。特に国際経済学の分野で画期的な理論を構築し、その卓越した学術的貢献によりノーベル経済学賞に輝きました。

生い立ちと学歴

オリーンは1899年、スウェーデン南部のクリッパンに生まれました。若くして才能を示し、16歳でルンド大学に入学。その後、ストックホルム商科大学へ移り、経済学の研究に深く没頭しました。高名な経済学者グスタフ・カッセルの指導のもと、博士号取得を目指す一方、ケンブリッジ大学やハーバード大学での留学を通じて、国際的な視野を広げました。特にハーバード大学では修士号（MA）を取得しています。1924年、ストックホルム商科大学より博士号を取得しました。

初期キャリアとケインズとの論争

博士号取得後、オリーンは1925年から1930年までデンマークのコペンハーゲン大学で教授を務め、国際貿易に関する理論研究を深めました。この時期、1929年には、第一次世界大戦後にドイツに課せられた巨額の戦争賠償金問題を巡り、イギリスの世界的経済学者ジョン・メイナード・ケインズと歴史的な論争を繰り広げました。ケインズが賠償金はドイツ経済にとって過重な負担であり、将来的な紛争の火種となりうると強く警告したのに対し、オリーンはドイツには十分な支払い能力がある反論しました。結果的にはケインズの懸念が現実となり、第二次世界大戦へとつながりますが、この論争は近代的な国際収支理論を考察する上で、現在でも重要な議論として評価されています。

主著『地域貿易と国際貿易』とヘクシャー＝オリーンの定理

1930年、オリーンはかつて師事したエリ・ヘクシャーの後任として、母校であるストックホルム商科大学の教授に迎えられました。そして1933年、彼の最も有名な著作となる『地域貿易と国際貿易（Interregional and International Trade）』を刊行します。この書の中でオリーンは、自身の博士論文とヘクシャーの博士論文を基礎に、国際貿易のパターンを決定する要因に関する包括的な理論体系を構築しました。これが「ヘクシャー＝オリーンの定理」、あるいは「ヘクシャー＝オリーン・モデル」として国際経済学において最も基本的な定理の一つとされています。

この定理は、国家間の比較優位が、それぞれの国がどれだけ生産要素（労働力や資本など）を豊富に持っているか（要素賦存量）によって決まることを説明します。例えば、労働力が相対的に豊富な国は、労働力を多く使う財（労働集約財）の生産に比較優位を持ち、これを輸出し、資本力をより必要とする財（資本集約財）を輸入する傾向があるというものです。この理論は、リカードの比較優位説をさらに発展させ、国際貿易の仕組みをより深く理解するための扉を開きました。

ヘクシャー＝オリーンの定理の発展と派生定理

ヘクシャー＝オリーンの定理は、その後の国際経済学の研究に計り知れない影響を与え、この分野の飛躍的な発展の契機となりました。この定理から、いくつかの重要な派生定理が導出されています。代表的なものとしては、リプチンスキーの定理とストルパー＝サミュエルソンの定理が挙げられます。

リプチンスキーの定理: ある国の生産要素のいずれか一方（例えば労働力）が増加した場合、その増えた要素を集中的に利用する財（労働集約財）の生産量は増加するが、もう一方の要素（資本）を集中的に利用する財（資本集約財）の生産量は減少するというものです。これは、要素賦存量の変化が生産構造に与える影響を示唆します。
ストルパー＝サミュエルソンの定理: 財の価格が変動した際に、生産要素の所得（賃金や資本レンタル率）がどのように変化するかを示します。例えば、労働集約財の価格が上昇すると、賃金率は上昇するが資本のレンタル率は低下するというように、財価格の変動が所得分配に影響を与えることを説明します。

これらの派生定理は、国際貿易が各国の生産構造や所得分配に与える複雑な影響を分析するための重要なツールとなっています。

政治家としてのキャリア

オリーンは学術的な活動と並行して、スウェーデンの政界でも長期間にわたり指導的な立場にありました。1938年から1970年までの32年間、国会議員を務め、特に第二次世界大戦終結前の数年間（1944-1945年）は戦時政府の商務大臣として国の経済政策を担いました。また、彼は自由党に所属し、1944年から1967年までの23年間、党首として活動。当時の与党であった社会民主労働党政権に対する野党第一党のリーダーとして、スウェーデンの政治に大きな影響力を行使しました。なお、オリーンの娘であるアンネ・ヴィブレ氏も後に自由党の党首となり、財務大臣を務めています。

ノーベル経済学賞受賞と晩年

1977年、ベルティル・オリーンは、彼の国際貿易に関する理論および資本移動に関する理論の開拓という多大な功績が認められ、イギリスの経済学者ジェイムズ・ミードと共にノーベル経済学賞を受賞しました。彼の提唱したヘクシャー＝オリーンの定理は、現代の国際貿易理論の根幹をなすものとして、今日に至るまで研究され、応用されています。

1965年にストックホルム商科大学を退官した後も、オリーンは経済学や政治に関心を持ち続けました。1979年、80歳でその生涯を閉じました。ベルティル・オリーンは、国際経済学に不朽の足跡を残した偉大な理論家であると同時に、スウェーデンの国政において重要な役割を担った、稀有な存在と言えるでしょう。

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