ベレー帽と立襟の自画像

レンブラント・ファン・レイン『ベレー帽と立襟の自画像』：老練な画家の内面を映す一枚

レンブラント・ファン・レインによる『ベレー帽と立襟の自画像』（1659年）は、オランダ黄金時代の巨匠が描いた数々の自画像の中でも、特に繊細で陰鬱な雰囲気を漂わせる作品として知られています。この絵画は、画家自身の創造的な成功と、同時に彼を襲った個人的・経済的な困難が複雑に絡み合った人生の重圧を、見事に表現していると言えるでしょう。

作品の描写

レンブラントは、毛皮のマントを羽織り、両手を膝の上に置いた姿勢で描かれています。画面右上から差し込む光が、彼の顔全体を照らし、頬の凹凸や、右頬と耳たぶの傷跡までも克明に浮かび上がらせています。全体の色調は、茶色と灰色を基調とした抑制されたもので、画面のアクセントとして、赤い椅子とテーブルクロスらしきものが配置されています。

最も目を引くのは、レンブラントの表情です。ベレー帽と高く立てられた襟に囲まれた顔には、濃厚な顔料によって立体感が与えられ、画家の年齢を重ねた肌の質感や、人生経験による感情的な変化が繊細に表現されています。興味深いのは、レンブラントが最初に描いた帽子は、明るい色のものだったという点です。これは、自身の職業に直接言及する意図があったのかもしれません。しかし、最終的に落ち着いた色調のベレー帽に変更されたことで、より内省的な雰囲気へと変化しています。

構図と技法

この作品におけるレンブラントの姿勢は、彼が1639年と1640年に描いた初期の自画像を彷彿とさせます。初期の作品と同様に、ラファエロやティツィアーノの作品からの影響が指摘されています。特に、組まれた手や暗い袖で覆われた左腕は、ラファエロの肖像画と類似性が見られます。また、頭部と胴体の配置も、ラファエロの絵画を思わせるものがあります。

レンブラントは、自画像を描く際には、鏡を使って自身の姿を写し取っていたと考えられています。通常、右利きの画家は、作業中に腕や手で視界を遮られないように、鏡をイーゼルの左側に置き、顔の左側を主に描く傾向があります。しかし、この作品では、顔の右側がより多く露出している点が特徴的です。これは、彼が意図的に角度を変えたことを示唆しています。また、スコットランド国立美術館やグラネ美術館が所蔵する自画像と、制作時期が近いことも注目に値します。

制作過程と保存状態

他の多くの自画像と比較すると、この作品は比較的完成度が低いとされています。しかし、顔の表現力豊かな筆致は、レンブラントの技量の高さを見事に示しています。特に、顔料の扱い方は、単なる外観の描写を超えた、深い表現力に繋がっています。X線撮影による調査では、制作途中で筆を置いた可能性も示唆されています。

絵具の厚塗りや、ぼかし、下地の色など、多様な技法が用いられ、肌の質感や光の反射までもが巧みに表現されています。画面全体のダイナミズムと、部分的に鮮明に描かれた部分との対比も、見る者に奥行きを感じさせます。

保存状態としては、元のキャンバス地や下地が一部露出している箇所もありますが、顔や手などの重要な部分は良好に保存されています。1992年には修復が行われ、損傷箇所の修復がなされています。

作品の来歴

この絵画は、18世紀にはモンタギュー家のコレクションにあり、その後、バクルー公爵家を経て、1928年には美術商コルナギに売却されました。1929年にアンドリュー・メロンが購入し、1934年にはアンドリュー・メロン教育慈善信託に譲渡、そして1937年にナショナル・ギャラリーに寄贈されました。

まとめ

『ベレー帽と立襟の自画像』は、レンブラントの晩年の苦悩と熟練の技が融合した、見応えのある作品です。完成度の高さだけでなく、画家の内面を深く探ることができる、貴重な一枚と言えるでしょう。

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