ペラギウス

初期キリスト教時代に活動した神学者、ペラギウス（生没年：354年頃 - 420年から440年頃）は、人間の自由意志と道徳的責任を強調する独自の教義、いわゆるペラギウス主義を唱えました。しかし、その思想は当時の教会、特に有力な教父アウグスティヌスとの間で激しい対立を生み、最終的には異端として排斥されることになります。

その生涯と背景

ペラギウスの出身地は、古代ローマ人がカレドニアと呼んだ、現在のスコットランドあるいはアイルランドであったと考えられています。彼は修道僧であったと語り伝えられていますが、これを裏付ける確実な証拠や、特定の修道院組織に所属していたという記録は見つかっていません。しかし、彼は並外れた学識を持ち、ラテン語だけでなくギリシア語にも精通していました。また、その私生活は非常に厳格で、清廉な道徳性を貫いていたと評されています。彼の徹底した道徳実践は、アウグスティヌスが主張したような、神の恩寵こそが救済の根源であり、人間の善行は恩寵の賜物であって救済の直接的な原因ではない、という考え方への反発を生んだ要因の一つと考えられています。

ローマでの活動

380年頃、ペラギウスはローマに渡り、その苦行の実践と熱心な伝道活動によって広く知られるようになりました。この時期に多くの著作を著したとされていますが、現存するものはほとんどなく、その思想や表現は、彼の対立者による引用を通してうかがい知るしかありません。ローマにおけるペラギウスは、当時の社会に見られた倫理的な弛緩に対して警鐘を鳴らし、さらに多くの教父たちが説いた、神の恩寵に全面的に依存する態度を批判したと伝えられています。

しかし、405年頃にアウグスティヌスの著書『告白』に触れたペラギウスは、その中に示された人間存在への深い洞察に強い関心を抱いたと言われています。当時の教会では、人間は絶対的な神の恩寵にすがる他ない、従属的な存在であるという教えが主流でしたが、アウグスティヌスの考えは、ペラギウスにはこれらの伝統的な教義とは異なるものに映ったようです。

カルタゴ、そして論争へ

410年、西ゴート族のアラリック1世によるローマ略奪が発生すると、ペラギウスは弟子であるケレスティウスを伴って北アフリカのカルタゴへと避難しました。この時、ペラギウスは直接アウグスティヌスと面会した可能性も指摘されています。カルタゴにおいて、ペラギウスの教えは急速に支持を広げましたが、その教義には当時の教会が奉じるものと大きく異なる点がありました。特に、人類がアダム以来受け継いできたとされる原罪や、それが救済にどう関わるかについての見解は、主流派から大きく逸脱していました。これに対し、アウグスティヌスはペラギウス主義を問題視し、ペラギウスを直接名指しするのではなく、自らの説（人間の原罪の普遍性、幼児洗礼の必要性、そして神たるキリストの恩寵なくしては罪なき人生は不可能であること）を広く説くことで対抗しました。その後まもなく、ペラギウスとケレスティウスはパレスティナへと旅立ちます。

パレスティナでの展開と異端認定

パレスティナに移ったペラギウスは、この地に住む高名な聖書学者ヒエロニムスとの間に新たな論争を巻き起こします。ヒエロニムスはアウグスティヌスの弟子オロシウスと共に、ペラギウスの思想を強く非難しました。しかし、現地のエルサレム司教ヨハネがペラギウスに好意的であったことから、415年7月、ヨハネの主導で教会会議が開催されました。この会議でペラギウスは、神が人間を創造したゆえに、人間は神の救済を必要としていると主張しました。また、自説の正当性を示すために、彼を支持する数多くの教会の指導者たちからの手紙を披露しました。その中には、教義の解釈において意見の相違はあっても、ペラギウス自身の清廉な人柄を評価していたアウグスティヌスからの手紙も含まれていました。

しかし、このエルサレムの教会会議には、ペラギウス主義を正統から外れた異端として正式に認定するだけの権威がありませんでした。そこで、アウグスティヌスを含むアフリカの司教たちは、ペラギウスとケレスティウスが不在のまま改めてペラギウス主義を非難し、ローマ教皇インノケンティウス1世に対して、彼らの教義を異端とするよう文書で上申しました。この上申は受け入れられ、ペラギウス主義は異端と認定されました。

これに対し、ペラギウス自身は教皇ゾシムスに手紙を送り、自らの信仰が完全に正統なものであることを主張し、これまでの態度に矛盾がないことを明確に示しました。教皇ゾシムスはペラギウスの書簡に感銘を受け、彼を無罪としました。この判断にアウグスティヌスは驚きましたが、最終的に418年にカルタゴで開催された会議において、ペラギウス主義は決定的に否定されます。この会議では、原罪、幼児洗礼、そして神の恩寵についての教義が明確に定義され、これがカトリック教会全体の基準として確立されたのです。これにより、ペラギウス主義はイタリアから姿を消すこととなりました。

その最期と後世への影響

ペラギウスの晩年や最期については、確かなことは分かっていません。対立する教会勢力によって殺害されたという説や、失望してローマを離れ東方へ向かったという説など、様々な噂が流れました。しかし、彼がいなくなった後も、その教えは弟子たちによって受け継がれ、主にブリタンニア、パレスティナ、北アフリカといった地域で、ペラギウス主義は数世紀にわたって影響力を持ち続けました。部分的にペラギウスの思想を取り入れた半ペラギウス主義もその一つです。ただし、ペラギウス自身が実際にどのような教えを説いていたのかについては、当時の資料が限られているため、その教義が後の教会勢力によって少なからず歪曲されて伝えられている可能性も指摘されています。

なお、2004年に製作された映画『キング・アーサー』には、主人公アルトリウス（アーサー王）の精神的師としてペラギウスが登場します。この映画では、ペラギウスがローマで殺される設定となっており、その死がアルトリウスがローマ帝国への忠誠を捨てる契機として描かれています。

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