ホルン三重奏曲 (ブラームス)

ホルン三重奏曲 変ホ長調 作品40

ヨハネス・ブラームスが1865年に作曲した《ホルン三重奏曲 変ホ長調 作品40》は、ホルン、ヴァイオリン、そしてピアノという珍しい組み合わせのために書かれた室内楽曲です。数多くの優れた室内楽作品を残したブラームスですが、管楽器であるホルンを主要な楽器として用いたのは、この作品ただ一つです。ブラームス自身は、この曲をホルンに代えてチェロで演奏することも認めており、後年にはヴィオラでの演奏譜も広く流通するなど、多様な楽器編成で親しまれています。

作曲の背景と概要

本作は1865年の5月、ブラームスがバーデン＝バーデンに滞在していた時期に作曲が開始されました。作曲当時一般的だった、バルブを持たないナチュラルホルンの特性や、そのストップ奏法による独特の音色、そして表現の可能性を意識して書かれたと考えられています。これは、友人であったホルン奏者アウグスト・コルデスとの交流に触発されたためではないか、という推測も存在します。作品は同年11月28日、チューリヒにてブラームス自身のピアノ、そして2人の友人による演奏で初演されました。

この作品にとって極めて重要な意味を持つのが、アダージョ・メストと指示された第3楽章です。作曲に先立つ1865年2月2日、ブラームスは76歳で実母を亡くしており、この楽章には深い悲しみと母への追悼の念が色濃く反映されています。楽章の主題には、ドイツの古くから伝わるコラール「愛する神の導きにまかすもの」（"Wer nur den lieben Gott lässt walten"）が用いられており、重厚な対位法的手法で扱われています。このコラールの選択と扱いは、母の死という出来事と直接的に結びついているものと考えられています。

なお、この特異な編成は後世の作曲家にも影響を与えており、ハンガリーの作曲家ジェルジ・リゲティは1982年に同じホルン、ヴァイオリン、ピアノのための三重奏曲を作曲し、「ブラームスを称えて」という副題を付けています。

楽曲の構成

全4楽章で構成されており、バロック時代の教会ソナタに見られる「緩-急-緩-急」という楽章配置が特徴的です。また、一般的に重要な楽章で用いられるソナタ形式が、終楽章にのみ採用されている点も注目されます。全体の演奏時間は約30分です。

1. 第1楽章 アンダンテ
変ホ長調、4分の2拍子。穏やかな雰囲気を持つ楽章です。

2. 第2楽章 スケルツォ（アレグロ）
変ホ長調、4分の3拍子。活発なスケルツォ楽章ですが、中間部には興味深いエピソードが隠されています。この中間部に用いられている主題は、ブラームスが1853年に作曲したピアノのための小品「アルバムのページ（Albumblatt）」に由来します。この小品は、ゲッティンゲン大学の音楽監督を務めたアルノルト・ヴェーナーが所有していた一種の「寄せ書き帳」（Album Amicorum）に含まれており、ブラームスだけでなく、シューマン、メンデルスゾーン、ロッシーニといった名だたる音楽家たちが書き込みを残していました。ヴェーナーのアルバムが2011年4月にオークションに出品されたことにより、この「アルバムのページ」の存在が広く知られるようになりました。発見後最初の演奏としては、ピアニストのクレイグ・シェパードが2011年4月28日の演奏会で披露したものが確認されています。

ちなみに、この「アルバムのページ」については、音楽学者兼指揮者のクリストファー・ホグウッドによって発見され、2012年1月21日にBBC Radio 3の放送でピアニストのアンドラーシュ・シフが初演したと報じられたことがありますが、これは正確ではありません。実際には、ホグウッドの「発見」とされる時期よりも前に、ヴェーナーのアルバムがオークションに出た時点で楽曲の存在は既に知られていましたし、前述のクレイグ・シェパードによる演奏が2011年4月28日にありました。また、ラジオ初放送という点では、アメリカのWPRBが2012年1月19日に放送していたことも確認されています。

3. 第3楽章 アダージョ・メスト
変ホ短調、8分の6拍子。深く内省的で悲痛な響きを持つ、ブラームスの母への追悼が込められた楽章です。

4. 第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ
変ホ長調、8分の6拍子。輝かしく、力強い終楽章であり、この楽章のみソナタ形式が用いられています。

このホルン三重奏曲は、ブラームスの初期から中期にかけての様式を代表する作品の一つであり、特にホルンの自然な響きとヴァイオリン、ピアノが織りなす独特のアンサンブルは、多くの音楽愛好家を魅了し続けています。

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