ホール・ランゲージ

ホール・ランゲージ（Whole Language）は、子どもたちが読み書きの能力を身につける過程において、文章や言葉の「意味」そのものに焦点を当てることを強く主張する教育的な考え方、あるいはアプローチを指します。音と文字の規則性を体系的に学ぶフォニックスが、主に文字の音価や単語の書き取り（Writing）に重点を置くのに対し、ホール・ランゲージは文章全体の意味理解と、単語の正確な綴り（Spelling）の習得を重視する点で対照的と見なされることがあります。このような特性から、基礎学力の定着を重視する立場からは、このアプローチに対して批判的な意見が出されることもあります。

アプローチの概要

ホール・ランゲージについては、その実践や解釈に複数の異なる見解が存在するため、一つの定義で包括的に説明することは容易ではありません。しかし、共通する中心的な考え方としては、以下のような点が挙げられます。

まず、言語活動における普遍性への注目です。文章を読むことで意味を理解し、その意味を言葉として表現することで思考を深めるというプロセスを重視します。これは、学習者が主体的に知識を構築していくという構成主義のアプローチを採用していることと関連しており、子どもたちが自らテキストを読み解き、そこから得た考えや感じたことを自分自身の言葉で自由に表現することを大切にします。

また、教材としての文章の質と多様性を重視する傾向があります。文学作品など、質が高く、文化的にも多様な文章に触れる機会を提供することで、子どもたちの言語感覚や視野を広げようとします。さらに、読み書きのスキルを他の教科（特に数学、理科、社会科など）と関連づけ、教科横断的に統合して学ぶことを目指します。

実際の読書指導としては、少人数で行う「誘導読書（guided reading）」、教師や他の生徒による「音読」、そして子ども自身が自由に選んで読む「独自読書」など、様々な形態が組み合わせて行われます。読み書きの学習における動機づけの側面にも焦点を当てており、子どもたちが本自体に愛情を持ち、その発達段階に合った適切な教材を選べるようになることを支援することを重視します。意味を基準とした言語理解の指導を行い、読解の授業の中で、従来の分離されたフォニックス指導とは異なる形で、「埋め込まれたフォニックス」（embedded phonics）として音と文字の関係に触れることもあります。一方で、意味の展開と直接的な関連性が薄いとされる、文法規則、単純なスペル練習、大文字や句読点の使用といった特定のスキルに過度に重点を置くことは避ける傾向があります。

なお、このアプローチに関する議論は英語を想定して展開されることが多いですが、その基本的な考え方は他の言語の習得にも応用可能であると考えられています。

理論的基盤

ホール・ランゲージの考え方は、認識論の一つである「全体論」（holism）に基づいた学習観をその基礎としています。全体論は、人間の精神活動や学習といった複雑な現象を、個々の要素の単純な総和として説明することはできないという立場をとります。むしろ、「全体は個々の部分の総和を超える、独自の特性を持つ」と考え、学習を原子的な要素に還元して分析しようとする行動主義や還元主義といった古典的な学習理論とは対極に位置します。

言語学の分野では、ノーム・チョムスキーの言語に関する概念が、ホール・ランゲージにおけるフォニックスへのアプローチに影響を与えています。チョムスキーは、人間が生まれつき自然言語を獲得するための生得的な能力を備えていると考え、単語そのものを通じてコミュニケーションが可能になると主張しました。

この考え方は、1960年代に徐々に発展しました。特に、ケン・グッドマンは1967年に「心理言語学的謎解きゲーム」と題した広告記事を発表し、文章理解においては、必ずしも文字一つ一つの音価を追うだけでなく、単語や文章全体の文脈が意味を形成する上で重要であることを教育関係者に示唆しました。グッドマンは、読み書き能力の発達を調整する「キューイングシステム」（cueing system）の存在を仮定し、学習者が文字情報、音声情報、構文情報といった様々な手がかり（cue）を組み合わせて意味を読み取る仕組みがあると考えました。彼はこの理論を検証する実験を行い、その一部を支持する結果を得ています。

しかし、グッドマンの理論は、フォニックスに基づくアプローチを支持する研究者たちから批判を受けました。批判者たちは、優れた読者は文脈を推測の主要な手段とするのではなく、まず単語を自動的かつ迅速に解読（デコーディング）し、その解読結果が文脈に合っているかを確認するために文脈を利用すると主張しました。流暢な解読スキルを持たない読者ほど、単語全体を推測したり、絵を見たり、単語の一部の文字だけを手がかりにしたりといった戦略に頼る傾向があることを指摘しました。これまでの研究によれば、たとえ優れた読者であっても、文脈のみで単語の意味や形を正確に推測できるのは、10回に1回にも満たないことが示唆されています。これらの批判は、ホール・ランゲージのアプローチ、特に音と文字の規則性指導の扱いに再考を促す要因となりました。

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