ホーリズム

ホーリズム：全体は部分の総和を超える

ホーリズム（Holism）とは、システム全体を、それを構成する部分の単純な合計以上のものとみなす哲学的概念です。全体を部分に還元することはできない、という立場を主張します。個々の要素を理解しただけでは、システム全体の挙動を理解できないという事実、あるいはホーリズム支持者の考える「事実」を指摘する考え方です。これは、部分の理解だけで全体を理解できると信じる還元主義と対立する概念であり、「全体論」とも訳されます。

ホーリズムの歴史と発展

ホーリズムという用語は、南アフリカの哲学者ヤン・スマッツが1926年の著書『Holism and Evolution』で用いたことで広まりましたが、その概念的起源は古く、ドイツ・ロマン主義の自然哲学にまで遡ります。シェリングの「有機的組織化」の概念などがその先駆けと言えるでしょう。ゲシュタルト心理学も、人間の精神を部分の集合体ではなく、全体性や構造を重視する点でホーリズムの系譜に位置づけられます。現象学や、ケストラーの《ホロン》概念にもホーリズム的な考え方が見られます。ニューエイジ・サイエンスにもその影響が見られます。

ホーリズムの応用分野

ホーリズムは、分子から人間社会まで、生物学、社会科学、心理学、医学、言語学など、幅広い分野で応用されています。

生物学

生物学においては、生命現象を理解するには全体性に注意を払うべきだとするハンス・ドリーシュの主張が有名です。彼は、全体の形態を維持する「調和等能系」という概念を提示しました。生命現象には物理法則では説明しきれない特有の原理があると考えるホーリズムと、群衆や種といった上位レベルの現象は下位レベルの挙動だけでは説明できないとするホーリズムの２つの主な流れがあります。J.S.ホールデーンやB.デュルケンらは、生物とその環境との密接な関係性を強調しました。

医学・心理学

医学・心理学では、ゴールドシュタインの脳病理学、V・ヴァイツゼッカーの医学的人間学、ベルリン学派のゲシュタルト心理学などがホーリズム的な視点を含んでいます。中国医学の「整体」という概念も、ホーリズム的な身体観を示しています。

社会科学

社会科学では、方法論的個人主義と方法論的ホーリズム（集団主義）が対立しています。個人主義は社会を個人の集合体と捉えるのに対し、ホーリズムは社会を個人の単純な合計を超えた独自の実在性を持つものとみなします。オーギュスト・コントの社会有機体説、マンハイムの社会計画論、デュルケムの「社会的事実」論などが社会科学におけるホーリズムの例です。スマッツは、自然進化論を偶然による機械的な進化、ホーリズムの進化論を一定の方向を持った有機的な進化と対比しました。機能主義もホーリズムの影響を受けています。

認識論

認識論では、クワインの「経験主義の二つのドグマ」における認識論的ホーリズムが重要です。「指示の不可測性」と「翻訳の不確定性」のテーゼは、科学哲学におけるデュエム-クワイン・テーゼとして知られています。検証や反証の対象は個々の命題ではなく「科学全体」であるという主張も含まれます。

意味論

意味論におけるホーリズムは、個々の語や文の意味は言語体系全体の文脈の中でしか理解できないとする立場です。ソシュールの言語論、ウィトゲンシュタインの「言語ゲーム」論、デイヴィドソンの論などが挙げられます。クーンやファイヤアーベントの「通約不可能性」のテーゼも、意味論的ホーリズムと密接な関係があります。

ホーリズムへの批判

ホーリズムは、還元主義的な西洋近代科学から批判を受けてきました。メダワーは、ホーリズムが生物学理解を進めたわけではないと指摘し、ポパーはホーリズムが全体主義につながると懸念しました。還元主義的手法の信奉者からは、ホーリズムは自然現象を分割して理解するという彼らの手法への批判として捉えられ、反発や批判が生まれています。

まとめ

ホーリズムは、全体を部分の単純な合計以上と捉える、還元主義に対する重要な対抗概念です。様々な分野で議論され、応用されている一方で、批判も存在します。ホーリズムの理解は、複雑なシステムを理解するための重要な視点を与えてくれます。

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