ボストン市庁舎

フレデリック・ワイズマンが監督・製作・編集を手がけた2020年製作のアメリカ合衆国のドキュメンタリー映画、『ボストン市庁舎』（City Hall）は、マサチューセッツ州ボストン市の行政機関、特に市庁舎の日常業務に深く焦点を当てた作品です。

この映画は、人種的正義、住宅問題、気候変動対策といった現代社会が抱える複雑な課題に対し、ボストン市政府がどのように向き合っているのかを探求します。ワイズマン監督のドキュメンタリー作品に共通する特徴として、標準的な物語の構成や、解説のためのナレーション、登場人物へのインタビューは一切用いられません。代わりに、カメラは組織の日々の営みを忍耐強く見つめ、その観察を通して被写体の実像に迫ります。

本作では、2018年の秋から2019年の冬にかけてのボストン市政府の活動が捉えられています。映画の大きな部分を占めるのは、当時のマーティ・ウォルシュ市長の姿です。市長が補佐官たちと重要な政策について議論する様子や、気候変動がボストン港に及ぼす影響について実業家グループに説明する場面、さらには退役軍人の話に耳を傾けたり、感謝祭のイベントに参加したり、年に一度の市政報告を行うなど、多岐にわたる彼の公務が描かれています。

また、映画のもう一つの重要なテーマとして、困窮している市民を支援するために働く公務員たちの活動が挙げられます。立ち退きを防ぐためのタスクフォースの会議、ラテン系女性の経済的自立を促進するための取り組み、特定の民族グループに向けた食料品店の運営を支援する経済開発アドバイザーなど、現場で市民のために尽力する職員たちの姿が映し出されます。

作中では、市長を含む多くの公務員が、当時のトランプ政権の政策に対して不満や懸念を表明する場面が見られます。ワイズマン監督自身も、トロント国際映画祭でのインタビューにおいて、本作を「反トランプの映画」であると位置づけました。その理由として、市長をはじめとする市庁舎で働く人々が「民主主義の規範を信じているからだ」、そして「ドナルド・トランプが支持しないすべてのものを代表している」と説明しています。これは、映画が単に行政の日常を描くだけでなく、その根底にある政治的な思想や価値観をも映し出していることを示唆しています。

映画のワールド・プレミアは、2020年9月8日に第77回ヴェネツィア国際映画祭で行われ、その後もトロント国際映画祭（2020年9月14日）やニューヨーク映画祭（2020年9月25日）といった主要な国際映画祭で上映されました。アメリカ国内では、2020年10月28日にジポラ・フィルムズ配給によりバーチャル・シネマ形式で公開された後、同年12月22日には公共放送PBSでも放送されました。日本では、2021年10月12日に山形国際ドキュメンタリー映画祭のコンペティション部門でオンライン上映され、同年11月12日には一般公開されました。

批評家からの評価も高く、レビュー集積サイトのRotten Tomatoesでは、64件の批評に基づいて支持率98%、平均点8.7/10という非常に高い評価を得ており、「地方自治体の仕事ぶりを辛抱強く、そして夢中にさせる観察」「ドキュメンタリー映画の巨匠による、洞察に満ちた宝石」と評されました。Metacriticでも、17件の批評に基づく加重平均値は88/100を示しています。さらに、フランスの著名な映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』は、本作を2020年の年間ベスト映画の一つに選出するなど、国内外で高い評価を獲得しています。

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