ボルテックス・リング・ステート

ボルテックス・リング・ステート：ヘリコプターの危険な状態

ボルテックス・リング・ステート（Vortex Ring State）、あるいはセットリング・ウィズ・パワー（Settling with Power）とは、ヘリコプターが飛行中に遭遇する極めて危険な状態です。ローターが自身の発生させる渦（ボルテックス）に巻き込まれ、揚力が急激に低下することで発生します。まるでヘリコプターが自身の作り出した下降気流に閉じ込められるような状態と言えるでしょう。

この状態では、ローターの出力（パワー）を増しても、渦の動きが大きくなるだけで、かえって揚力は増加せず、高度を維持できなくなります。ティルトローター機やティルトウイング機でも発生し、V-22オスプレイの事故原因の一つにもなっています。

発生メカニズム

ヘリコプターは前進飛行時、ローターの上昇気流はローター軸付近には発生しません。しかし、前進速度が低下し、下降速度が増すと、ローター軸周辺に上昇気流が発生し始めます。この上昇気流が強まると、ローターブレードの内側部分で、上向きの揚力が下向きの流れに打ち勝てなくなり、失速が始まります。

軸に近い部分の失速により、ローターシステムの中心に、ローターの先端の渦と似た新たな渦が発生します。この内側の渦が揚力を減少させ、下降速度を増大させるのです。さらに、内側と外側の渦が互いに増幅し合い、ローターブレードの角度調整（ピッチ角）をいくら変えても、渦の相互作用が強まるだけで、下降は加速していきます。この状態では、ヘリコプターは自身の作り出した下降気流の中に閉じ込められ、制御不能に陥る危険性があります。

発生状況

ボルテックス・リング・ステートは、主に以下の状況で発生しやすいです。

地面効果外でホバリング限界高度を超えた高度でホバリングを試みた場合
地面効果外で高度維持に失敗した場合
* 追い風下や急角度での着陸進入により、対気速度が極端に低下した場合

兆候と対処法

セットリング・ウィズ・パワーの兆候は、メインローターの振動と下降速度の増大です。場合によっては、操縦桿（サイクリック）の効きが悪くなることもあります。

シングルローターヘリコプターでは、サイクリックを前方に動かし、機首をわずかに下げて前進することで、渦から脱出できます。タンデムローター機では、横方向のサイクリックとペダルの操作で脱出を試みます。これにより、ヘリコプターは「きれいな空気」の中を飛行できるようになり、揚力が回復します。

パイロットの対応

パイロットは、低速飛行時は下降速度を注意深く監視し、セットリング・ウィズ・パワーを回避する訓練を受けています。発生時には、サイクリックを前方に操作して脱出するか、またはコレクティブピッチ（総ピッチ）を小さくして出力を減少させることが教えられています。前進または横移動は状態を緩和しますが、コレクティブピッチを下げることで渦の規模を小さくし、脱出時間を短縮できます。ただし、地上付近で発生することが多いため、コレクティブピッチを下げることは危険を伴います。脱出前に高度を失い、墜落する可能性があるためです。場合によっては、乱気流によりサイクリックが効かなくなることもあります。最終手段としては、オートローテーションに移行して脱出を試みるかもしれません。

タンデムローターヘリコプターの場合

タンデムローターヘリコプターは、サイクリックを前方に操作しても下降を止めることができません。これは、対気速度を増す際にコレクティブピッチの差を利用しているためです。そのため、ペダル操作と横方向のサイクリック操作で機体を横移動させ、渦から脱出を試みます。

まとめ

ボルテックス・リング・ステートは、ヘリコプターパイロットにとって重大な脅威となる危険な状態です。その発生メカニズムと対処法を理解し、安全な飛行に努めることが重要です。常に状況を把握し、適切な対応を取ることで、事故を未然に防ぐことができます。

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