ポリアーキー

ポリアーキー：自由民主主義の実像を探る

ポリアーキー（polyarchy）は、現代政治学において重要な概念です。ギリシャ語の「poly」（多数）と「arkhe」（支配）を組み合わせたこの言葉は、単なる多数決による支配ではなく、第二次世界大戦後の北アメリカや西ヨーロッパに見られる自由民主主義の現実的な姿を表す概念として、アメリカの政治学者ロバート・ダールによって提唱されました。多頭制とも呼ばれます。

ポリアーキーと自由民主主義：理想と現実の狭間

ポリアーキーは、一般的に理解される自由民主主義とほぼ同義です。しかし、ダールは「自由民主主義」という用語の二面性に注目しました。それは、理想的な政治体制としての規範的な意味と、現実の政治体制を指す記述的な意味を持つということです。現実の政治体制は、理想的な自由民主主義の全ての条件を完全に満たすことは稀です。そこで、現実の政治体制を分析するための概念として、ポリアーキーが用いられるのです。ポリアーキーは、自由民主主義の諸条件をどの程度満たしているかを評価する尺度を提供し、理想に近づく度合いを示します。ただし、ダールのこの概念は広く普及したわけではなく、「自由民主主義」という用語は依然として現実の政治体制を指す際に一般的に使用されています。

ポリアーキーによる政治体制の分類

ダールは、政治体制を「自由化（公的異議申し立て）」と「包括性（参加）」という二つの次元で分類する枠組みを提示しました。

自由化（公的異議申し立て）： 集会、結社、言論の自由、政府への批判の自由などがどの程度保障されているかを示します。反政府勢力の活動や、政府と反政府勢力間の政治的競争の存在が重要です。

包括性（参加）： 政治に参加できる人々の割合を示します。選挙権を持つ人口の割合などが指標となります。

これらの二つの次元に基づき、ダールは政治体制を以下の4つに分類しました。

1. ポリアーキー: 両方の次元を高いレベルで満たす体制（例：日本、アメリカ、イギリスなど）。
2. 競争的寡頭体制: 自由化の次元は高いが、包括性の次元は低い体制（例：19世紀初頭のイギリス）。少数のエリートによる政治競争が見られるものの、参加は限定的です。
3. 包括的抑圧体制: 包括性の次元は高いが、自由化の次元は低い体制（例：全体主義体制）。政治参加は広く認められるものの、自由権は制限されています。
4. 閉鎖的抑圧体制: 両方の次元が低い体制。現代では稀です。

ポリアーキーは、自由で公正な選挙、表現の自由、多様な情報源、集団の自治、全市民の包括的参加といった条件を満たす必要があります。ポリアーキーに準ずる体制は準ポリアーキーと呼ばれます。

民主化への道筋：ポリアーキーへの移行

ダールは、非民主的な体制からポリアーキーへの移行（民主化）について、三つの経路を想定しました。

1. 自由化→競争的寡頭体制→ポリアーキー: まず自由化が進み、競争的寡頭体制を経てポリアーキーへと移行する経路。イギリスの歴史が典型例です。これは政府と反政府勢力間の相互安全保障が比較的容易に成立するため、最も確実な方法と考えられています。

2. 包括性→包括的抑圧体制→ポリアーキー: まず包括性が高まり、包括的抑圧体制を経てポリアーキーへと移行する経路。帝政ドイツの経験が例として挙げられます。

3. 閉鎖的抑圧体制→ポリアーキー: 一気にポリアーキーへと移行する経路。フランス革命がその例ですが、この方法は不安定で、抑圧的な体制への転落リスクが高いです。

いずれの経路においても、政府と反政府勢力間の相互安全保障が民主化の成功に不可欠です。

参考文献

Robert A. Dahl, Modern Political Analysis (5th edition) (New Jersey: Prentice-Hall Inc, 1991)
Robert A. Dahl, Polyarchy: Participation and opposition (New Haven: Yale University Press, 1971)
Robert A. Dahl, Democracy and its critics (New Haven: Yale University Press, 1989)
Robert A. Dahl, On Democracy (New Haven and London: Yale University Press, 2000)

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