ロバート・ダール

ロバート・アラン・ダール：民主主義を問い続けた政治学者

ロバート・アラン・ダール (1915-2014) は、20世紀後半から21世紀初頭にかけてアメリカで最も影響力のある政治学者の一人です。イェール大学の名誉教授として、長年にわたり政治学研究の中枢を担い、数多くの優れた政治学者を育成しました。その業績は、民主主義理論、権力分析、比較政治学など多岐に渡り、現代政治学に多大な貢献を果たしました。

アイオワ州生まれのダールは、アラスカ州で幼少期を過ごし、ワシントン大学卒業後、イェール大学で博士号を取得しました。農務省での勤務や兵役を経て、1946年からイェール大学で教鞭をとり始め、1986年に退官するまで、同大学で教鞭をとる傍ら、旺盛な研究活動を行いました。1966年から1967年にはアメリカ政治学会の会長も務めています。

ダールの研究は、アメリカ政治システムの本質を探究することに重点が置かれていました。特に、権力構造に関する研究は高く評価され、1960年代には、ライト・ミルズとの間で、アメリカ政治におけるエリート支配のあり方に関する有名な論争を展開しました。ミルズが、アメリカ社会は少数のエリートによって支配されていると主張したのに対し、ダールは、エリート層は多様であり、相互に緊張関係や協調関係が存在すると反論。その結果、完全な大衆迎合的な民主主義ではないものの、多元主義的な政治システム(ポリアーキー)が存在すると結論づけました。

この論争は、ダールの代表作である『統治しているのは誰か』(1961年)につながります。この本では、コネチカット州ニューヘイブン市を事例研究として、実際の政治過程における権力構造を詳細に分析し、自説を裏付ける証拠を提示しました。

ダールのもう一つの代表作『民主主義とその批判』(1989年)では、民主主義の概念そのものを再検討しています。近代国家において、民主主義の理想を完全に実現している国はないという現実を踏まえ、政治的に先進的な国々は「ポリアーキー」の状態にあると論じています。ポリアーキーとは、自由で公正な選挙、普遍的な参政権、表現・結社・報道の自由などが保障された政治体制を指し、権力の中心が複数存在することを特徴としています。しかし、ダールは、ポリアーキーは真の民主主義の理想、つまり徹底した市民参加や厳格な政策監視を完全に実現しているわけではないと指摘しています。

さらに、2001年の著作『アメリカ憲法は民主主義的か』では、アメリカ合衆国憲法が、本来あるべき民主主義を十分に実現していないと論じました。これは、建国者たちが将来を予測できなかったという前提に基づくものでした。しかし、ダールは、民主主義の崩壊を予見したり、望んでいるわけではなく、現状を変える方法を見いだすのが困難であることも認めています。

ダールは、その著作を通じて、民主主義の理想と現実との間のギャップを鋭く指摘し、現代民主主義の課題を浮き彫りにしました。彼の分析は、政治学研究に大きな影響を与え、今日の民主主義議論においても、重要な視点を提供し続けています。晩年は、政治的平等に関する研究にも力を注ぎました。

しかし、ダールの業績は批判がないわけではありません。社会学者のG・ウィリアム・ドムホフは、ニューヘイブン市の権力分析に異議を唱え、政治哲学者のチャールズ・ブラットバーグは、民主主義の必要条件と十分条件を同時に定義しようとするダールの試みを批判しています。

これらの批判にもかかわらず、ロバート・アラン・ダールは、20世紀後半から21世紀初頭にかけて最も影響力のある政治学者の一人であり、彼の著作は、現代民主主義を考える上で不可欠なものです。98歳で他界したダールですが、その功績は今後も高く評価され続けるでしょう。

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