ポール・グリーンガード

ポール・グリーンガード



ポール・グリーンガード(Paul Greengard、1925年12月11日 - 2019年4月13日)は、アメリカ合衆国の著名な神経科学者です。彼は神経細胞分子および細胞レベルでの機能に関する先駆的な研究で世界的に知られています。特に、神経系における情報伝達のメカニズム、細胞内シグナル伝達経路の解明に多大な貢献をしました。これらの功績が認められ、2000年にはアービド・カールソン、エリック・カンデルと共にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。生涯の多くをロックフェラー大学でVincent Astor Professorとして研究・教育に捧げました。

経歴



ニューヨーク市に生まれたグリーンガードは、第二次世界大戦中にマサチューセッツ工科大学(MIT)で電子工学技術者として勤務し、アメリカ海軍のために日本の神風特攻機に対する早期警戒システムの開発に携わりました。終戦後、彼はハミルトン・カレッジに進学し、1948年数学物理学の学士号を取得して卒業しました。当時の物理学分野の多くが核兵器研究に進む状況を見て、グリーンガードは物理学大学院ではなく、生物物理学への道を志すようになります。ジョンズ・ホプキンス大学大学院生として研究を開始し、後にノーベル賞を受賞するハルダン・ケファー・ハートライン教授の研究室に所属しました。さらに、神経科学の分野で名を馳せたアラン・ロイド・ホジキン(彼もまた後にノーベル賞を受賞)の講義に強い影響を受け、神経細胞(ニューロン)の分子レベルおよび細胞レベルでの機能研究に深く傾倒していきました。1953年に博士号を取得した後、イギリスのロンドン大学およびケンブリッジ大学、オランダのアムステルダム大学などで博士研究員として研鑽を積みました。その後、アメリカに戻り、イェシーバー大学アルベルト・アインシュタイン医学校、ヴァンダービルト大学、イェール大学を経て、ロックフェラー大学で教授として活躍しました。

グリーンガードは、ノーベル賞の賞金を全額ロックフェラー大学に寄付するという異例の行動をとりました。この寄付を元に、彼の母親にちなんで「パール・マイスター・グリーンガード賞」が設立されました。この賞は、神経科学分野で顕著な業績を上げた女性科学者を顕彰するものであり、女性研究者のキャリア支援に繋がる重要な取り組みとして知られています。

2019年4月13日、93歳でその生涯を閉じました。

研究内容



ポール・グリーンガードの主要な研究は、神経伝達物質神経細胞に結合した後、細胞内部でどのように信号が伝えられ、応答が引き起こされるかというメカニズムの解明に焦点を当てました。彼は特に、「セカンドメッセンジャーカスケード」と呼ばれる細胞内信号伝達経路の働きを詳細に研究しました。セカンドメッセンジャーとは、神経伝達物質(ファーストメッセンジャー)が細胞膜上の受容体に結合することで細胞内で生成される、細胞内信号伝達を担う物質のことです。

グリーンガードらの研究チームは、一連の実験を通じて、ドーパミンという神経伝達物質神経細胞膜上の特定の受容体と結合すると、細胞内で「サイクリックAMP(cAMP)」というセカンドメッセンジャーの量が増加することを証明しました。このcAMPの増加は、次の段階として「プロテインキナーゼA(PKA)」という酵素を活性化させる引き金となります。活性化されたPKAは、標的となる他のタンパク質にリン酸基を結合させる反応を行います。この反応は「リン酸化」として知られており、タンパク質の立体構造や機能を変調させ、そのタンパク質が持つ働きを活性化させたり、逆に停止させたりすることができます。

リン酸化によって修飾されたタンパク質は、最終的に神経細胞の多様な応答を引き起こします。例えば、特定の遺伝子からのタンパク質合成(DNA転写)を促す、神経細胞間の情報伝達の接点であるシナプスにおける受容体の数を増やして信号への感度を高める、あるいは細胞膜にあるイオンチャネルの位置や開閉状態を変化させて細胞の興奮性を調節するといった、神経細胞の基本的な機能に関わる重要なプロセスに関与します。

グリーンガードは、神経伝達物質が細胞にどのように作用し、細胞機能に影響を与えるかを分子レベルで明らかにしたほか、特にドーパミン信号伝達経路の中心的な役割を果たす分子の一つである「DARPP-32」と呼ばれるタンパク質が、その活性を神経伝達物質によって巧妙に制御されていることを突き止めました。これらの細胞内シグナル伝達経路に関する画期的な発見が、2000年ノーベル生理学・医学賞受賞へと繋がったのです。

主な受賞歴



1978年 - ディクソン賞医学部門
1991年 - 米国科学アカデミー賞神経科学部門
1993年 - カール・スペンサー・ラシュレー賞
1994年 - ラルフ・W・ジェラルド賞
* 2000年 - ノーベル生理学・医学賞

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