ポール・ファーマー

ポール・ファーマー：医療人類学者、医師、そして社会活動家

ポール・ファーマー（1959年10月26日 - 2022年2月21日）は、アメリカ合衆国出身の医師であり、医療人類学者でした。ハーバード大学・ハーバード医学校教授として教鞭を執る傍ら、発展途上国での医療活動に生涯を捧げました。

生い立ちと教育

ファーマーはマサチューセッツ州ノースアダムズで、トレーラー暮らしをする貧困家庭に生まれ育ちました。デューク大学で医療人類学を学んだ彼は、学生時代からハイチでの医療活動に従事。その後、ハーバード医学校に進学し、医学博士号（M.D.）と医療人類学博士号（Ph.D.）の二つを取得しました。

パートナーズ・イン・ヘルス（PIH）の設立と活動

1987年、ファーマーは学友のジム・ヨン・キムやオフェーリア・ダール（作家ロアルド・ダールの娘）らと共に、国際医療NPO「パートナーズ・イン・ヘルス」（Partners In Health, PIH）を共同で設立しました。

PIHは、ハイチのカンジュを拠点に、ルワンダ、レソト、マラウイ、メキシコ、ロシア、ペルー、リベリア、シエラレオネなど、世界各地で医療活動を展開。ファーマー自身もこれらの国々を飛び回り、医療支援を行いました。また、アメリカ国内では後進の育成に尽力し、ジョージ・ソロスやビル・クリントンといった有力者との交渉を通じて、資金援助や医療政策・海外支援政策の実現に奔走しました。

医学者・医療人類学者としての貢献

医学者としては、治療が困難とされていた多剤耐性結核やAIDSの治療において顕著な業績を上げ、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』や『ランセット』などの著名な医学雑誌に論文を発表しました。

医療人類学者としては、医療倫理学では見過ごされがちな途上国・貧困層の医療問題、そしてその背景にある構造的暴力、社会的不平等、グローバルヘルス、解放の神学などを深く掘り下げました。彼の研究は、医療における倫理的課題を再考し、社会構造が健康に与える影響を明らかにする上で重要な貢献を果たしています。

トレーシー・キダー著『国境を越えた医師』

ピューリッツァー賞受賞作家のトレーシー・キダーは、1994年にファーマーと偶然出会い、5年間の取材を経て、2003年にノンフィクション作品『国境を越えた医師』（原題: Mountains Beyond Mountains）を出版。この本を通じて、ファーマーの活動はアメリカ国内で広く知られるようになりました。

その他の活動と晩年

2010年のハイチ地震や2014年の西アフリカエボラ出血熱流行の際にも、ファーマーは現地に赴き、医療支援活動を指揮しました。2012年には、「地域医療・ハイチの教訓担当国連事務総長特別顧問」に任命されています。2017年には、PIHの活動を描いたドキュメンタリー映画『Bending the Arc』が公開されました。

2022年2月21日、ファーマーは滞在先のルワンダで逝去。62歳でした。

栄誉

ファーマーは、マッカーサー・フェロー、公共福祉メダル、バーグルエン賞など、数々の栄誉に輝いています。

ポール・ファーマーは、単なる医師や医療人類学者という枠を超え、貧困と病に苦しむ人々に寄り添い、社会的不平等に挑み続けた、真の社会活動家でした。彼の遺志は、PIHをはじめとする多くの人々に受け継がれ、世界中で医療を必要とする人々への支援活動として息づいています。

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