マイスタージンガー

マイスタージンガーとは

マイスタージンガー（ドイツ語: Meistersinger）は、中世後期から近世にかけてのドイツにおいて、都市の手工業ギルドの中で活躍した歌人たちを指します。「マイスター」（親方）と「ジンガー」（歌い手）から成る言葉で、「職匠歌人」や「親方歌手」と訳されます。

彼らの起源は、貴族階級の没落に伴い都市へと移り住んだミンネゼンガー（中世の宮廷詩人・歌手）にあると考えられています。15世紀から16世紀にかけて、ニュルンベルクをはじめとする南ドイツの諸都市を中心に、手工業の親方、職人、徒弟といった人々が組合を結成し、集まって詩と歌の腕前を磨き合う文化が隆盛を迎えました。

歴史

「meistersanc」という語が文献に登場するのは13世紀頃です。この時代、マイスタージンガーたちは、自らの伝統の源流として、中世の著名な詩人たちを「いにしえの12人のマイスター」と呼び敬いました。14世紀にヴュルツブルクの詩人ルーポルト・ホルンブルクによって選ばれたとされるこの伝説的な名簿には、ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ、ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ、ラインマール・デア・アルテ、フラウエンロープといった名が挙げられています。特にフラウエンロープは、14世紀初頭に最初の「歌学校」を開いたという伝説がありますが、歌学校に関する確実な記録は16世紀初頭まで遡ります。

マイスタージンガー芸術の中心地として最も栄えたのは、神聖ローマ帝国の帝国都市であったニュルンベルクです。ニュルンベルクで記録に残る最古のマイスタージンガーは14世紀末のフリッツ・ケットナーです。15世紀後半には、ハンス・フォルツのもとでニュルンベルクの組合は大きな発展を遂げました。フォルツは旧来の慣習を改革し、新しい旋律（調べ）を生み出した者こそがマイスターとなるべきだという方針を導入したとされます。

16世紀に入ると、ニュルンベルクはドイツ有数の大都市に発展し、宗教改革においてはルター派の重要な拠点となりました。この動きはマイスタージンガーの歌にも影響を与え、カトリック的なテーマから、ルターの教えを広めるための題材へとシフトしていったと言われます。この時期に登場したのが、靴屋でありマイスタージンガーを代表する存在となったハンス・ザックスです。ザックスはルターの思想に共感し、生涯にわたり膨大な数の歌や詩を発表しました。ケットナー、フォルツ、ザックスといったニュルンベルクの歌人たちは、後にリヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』に登場する親方たちのモデルとなりました。

最盛期には、ニュルンベルクの組合員は250名に達しましたが、やがてマイスター歌の規則が過度に複雑化し、芸術は次第に創造性を失い形式主義に陥っていきました。また、世界経済の中心が南ドイツから大西洋岸へと移るにつれて、これらの都市は経済的に衰退しました。規則や伝統への固執に加え、組合内部の対立も活動の低迷を招き、ニュルンベルク市当局が歌学校の解散を命じる事態も発生しました。三十年戦争（1619年-1648年）が終わる頃には、多くの組合が形骸化し、1806年の神聖ローマ帝国解体時には、ニュルンベルクの組合も1778年に解散していました。19世紀までわずかに存続した他の都市の組織も、1875年のメミンゲンでの解散をもって、マイスタージンガー組合は完全に姿を消しました。

組織と活動

マイスタージンガー組合の階級は、手工業ギルドを模倣しており、下から順に生徒（Schüler）、学友（Schulfreund）、歌手（Sänger）、詩人（Dichter）、そして最高位のマイスター（Meister）の五段階でした。

彼らの活動は、歌学校での歌唱発表、資格試験、祝祭の遠出、そして組合運営のための寄合が中心でした。これらの活動費用は、組合員から徴収される年会費によって賄われました。

歌学校（Singschule）

歌学校は、教育機関というよりは公開の歌唱コンクールの性格を持っていました。通常は年に一度、日曜日や祝日の午後に開催されました。組合は専用の建物を持たず、宗教改革後に使われなくなった教会などを会場として利用しました。ニュルンベルクでは聖マルタ教会や聖カタリーナ教会が主な会場となりました。

歌学校には、テーマに制限がなく審査もない自由歌唱（Freisingen）と、宗教歌に限定され、規則への適合度を競う本歌唱（Hauptsingen）がありました。本歌唱では減点方式で採点され、優勝者には「ダヴィデの勝者」と呼ばれる銀メダル付きの鎖が、準優勝者には花環が贈られました。

本歌唱の判定は、組合員から選ばれた記録係（Merker）が行いました。記録係は複数名（ニュルンベルクでは通常4名）おり、担当する項目（ルター訳聖書との照合、歌詞の規則違反、押韻、旋律の確認）が分かれていました。歌い手は特定の「歌唱席」で歌い、記録係の合図で歌い始めたり、中断したりしました。規則違反による減点が7点以下であれば「マイスター歌」として認定され、命名儀式が行われましたが、7点を超えると「歌いそこね」とされました。

資格試験（Probe）

組合への入門審査は特定の会合で行われ、資格要件の確認や基礎知識の試問、歌唱試験が含まれました。マイスターへの昇格試験（Freiung）は歌学校の場を借りて行われ、志願者は自作の「資格試験の歌」を披露して審査を受けました。

その他の活動

ニュルンベルクでは、年に一度市外へ出て市民も交えた歌の会を行う「祝祭の遠出」が慣習となっていました。また、「寄合（Sitzung）」は、組合の運営に関する重要な決定を行う場であり、また下級階級への昇格試験の会場ともなりました。

マイスタージンガーの規則と詩学

マイスタージンガーの芸術は、タブラトゥーアと呼ばれる厳格な規則集に基づいていました。タブラトゥーラはラテン語で「表」を意味し、楽譜の表記法から転用された言葉です。タブラトゥーラの内容は都市ごとに異なり、ニュルンベルクの1540年版が現存する最古のものとされています。タブラトゥーラには、「歌之掟」と呼ばれる序文、一般的な規則、そして33項目に及ぶ減点の対象となる禁則が定められていました。

彼らの詩型は「バール形式」が基本となります。これはA-A-Bという三つの部分から構成されます。Aにあたる部分はシュトレン（Stollen）と呼ばれ、行数、韻律、押韻パターンが同じ二つのシュトレンを重ねたA-Aの部分をアウフゲザング（Aufgesang）と呼びます。それに続くBの部分はアプゲザング（Abgesang）と呼ばれ、アウフゲザングとは異なる形式を取ります。歌全体は、このバール（A-A-B）の構造を複数連（通常3連、多い場合は5-7連）重ねて構成されます。詩節のまとまりをゲゼッツ（Gesätz）と呼びますが、この語は文脈によってアウフゲザングやバール全体を指すこともあり、用法には曖昧さがあります。マイスタージンガー自身は、バールという語を歌全体を指す意味で用いることが多かったようです。詩の行数にも制限があり、極端に短いものや100行を超えるものは認められませんでした。

マイスター歌の詩は、厳格な韻律（Maß）と押韻（Reim）の規則に従って作られました。韻律は、強弱の音節の組み合わせによって生まれるリズムであり、その最小単位は「脚」と呼ばれます。1行あたりの音節数や脚数を「音数」と言います。押韻は行末の音を合わせることで、一音節の「男性韻」と二音節の「女性韻」に大別されます。隣接する行で韻を踏む「対韻」や、一行おきに韻を踏む「交差韻」など、様々な押韻パターンがありました。また、詩節内で韻を踏まない行は「孤児」など、独特の用語が用いられました。

これらの詩に付けられた旋律は「マイスターの調べ（Meisterton）」と呼ばれ、単旋律で歌われました。バール形式における二つのシュトレンは必ず同じ旋律で歌われ、また、1行は一息で歌いきれるように13音節を超えないように定められていました。

マイスタージンガーの文化は、その厳格な規則性と形式美において特異な存在であり、中世末期から近世にかけてのドイツ都市文化に独自の足跡を残しました。

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