ハンス・ザックス

ハンス・ザックス：詩と歌に生きた靴職人

ハンス・ザックス（Hans Sachs, 1494年11月5日 - 1576年1月19日）は、16世紀ドイツのルネサンス期に活躍したマイスタージンガー、詩人、劇作家です。本業は靴職人でありながら、その豊かな才能で数多くの作品を世に送り出し、当時の社会や文化に大きな影響を与えました。

生涯

若き日の遍歴と結婚

ザックスは、仕立屋を営む父イェルクと母クリスティーナの間に、ニュルンベルクで生まれました。7歳からラテン語学校に通い、15歳で靴職人として修業を始めます。並行して、リンネル織りの親方から歌の手ほどきを受け、音楽の才能を開花させました。

1512年、職人としての年季明けを迎えたザックスは、遍歴の旅に出ます。自伝詩によると、この遍歴中にミュンヘンで歌学校の運営に協力し、各地で歌を教えたとされています。このことから、遍歴に出る前にすでにマイスターの称号を得ていたと考えられています。

1516年にニュルンベルクに帰郷。1519年には17歳のクニクンデ・クロイツァーと結婚し、翌1520年に靴職人として独立しました。

宗教改革と創作活動

ザックスが生きた時代は、マルティン・ルターによる宗教改革が始まった激動の時代でした。ザックスはルターの思想に深く共鳴し、1523年に詩『ヴィッテンベルクの鶯』を発表。ルターへの支持と新時代の到来を高らかに歌い上げました。この作品は評判を呼び、ザックスの名はドイツ中に知れ渡るようになりました。

その後も、ザックスは『司教座参事会員と靴屋の対話』などの作品を通じて教権批判を続けましたが、1527年には市参事会から出版禁止処分を受けます。ニュルンベルク市がカトリック勢力である神聖ローマ帝国の政庁を抱える立場上、反教皇的な動きを容認できなかったためです。

1530年、ザックスは『ニュルンベルク市を讃える詩』を発表し、創作活動を再開。この詩には、市当局との和解の意味が込められていました。

晩年と死

1560年に妻クニクンデが亡くなると、ザックスは自作の集大成として「フォリオ版全集」の編纂に取り組みました。1561年には、40歳近く年下の寡婦バルバラ・エンデルスと再婚。その後は愛をテーマにした抒情詩を多く残しました。

1566年から1567年にかけて、自伝詩『わが詩業のすべて』を執筆。1576年1月19日に亡くなり、ニュルンベルク市内の聖ヨハネ教会墓地に埋葬されました。

作品

ザックスは生涯に、4,374篇のマイスター歌、約2,000の祝詞歌、120以上の悲喜劇、85本の謝肉祭劇、7篇の散文対話など、膨大な数の作品を残しました。これらの作品は、ルター訳聖書の一節から、教会制度への風刺、時事的な出来事の記録、道徳的な教訓を盛り込んだ寓話まで、多岐にわたるテーマを扱っています。妻の死を悼んだ詩『わが死せる妻クニクンデ・ザックスについての不思議な夢』からは、ザックスの家庭的な一面を垣間見ることができます。

ザックスの旺盛な創作力は、古典を中心とした豊富な読書体験に支えられていました。当時の職人階級には珍しいほどの読書家であり、エラスムスの著作にも親しんでいました。また、音楽の才能にも恵まれ、13の新しい「マイスター旋律」を含む、数多くの旋律を作曲しました。

忘却からの復権

ザックスらマイスタージンガーが活躍した16世紀のドイツ・ルネサンスは、17-18世紀には忘れ去られていました。しかし、没後200年にあたる1776年、ゲーテが詩『ハンス・ザックスの詩的生命』を発表したことがきっかけとなり、ザックスは再び注目を集めるようになります。

ロマン主義とナショナリズムの高まりの中で、ニュルンベルクが民族精神の象徴として再評価されるようになると、多くの作家がザックスを題材とした作品を創作しました。そして、リヒャルト・ワーグナーが楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』を発表し、ザックスの名は不朽のものとなりました。

ハンス・ザックスを題材とした作品

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ：『ハンス・ザックスの詩的生命』（1776年）
ヨハン・ルートヴィヒ・ダインハルトシュタイン：劇詩『ハンス・ザックス』（1827年）
アルベルト・ロルツィング：オペラ『ハンス・ザックス』（1840年）
リヒャルト・ワーグナー：楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』（1868年）

ハンス・ザックスは、詩と歌を通して社会に貢献した偉大な人物として、今もなお多くの人々に愛され続けています。

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