マダムと泥棒

1955年に制作されたイギリス映画『マダムと泥棒』（原題: The Ladykillers）は、犯罪要素とコメディを巧みに組み合わせた作品として、公開以来高い評価を得ている古典的名作の一つです。

物語の主軸となるのは、現金輸送車から巨額の現金を奪うという大胆な計画を実行しようとするプロの犯罪者グループです。彼らは計画の拠点として、ロンドンのキングス・クロス駅に近い一軒家に暮らす一人の老未亡人の部屋に目をつけます。この家の主であるウィルバーフォース夫人は、極めて善良で、時にお節介とも思えるほど親切な人物。彼女の存在が、完璧に見えた強盗団の計画を、予期せぬ方向へと導いていく様がユーモラスに描かれます。

監督は、後に『成功の甘き香り』などを手がけるアレクサンダー・マッケンドリック。強盗団の知的なリーダー、マーカス教授を、数々の役柄を演じ分けた名優アレック・ギネスが演じ、その存在感を示しています。そして、強盗団の思惑を知るよしもない純粋な老婦人ウィルバーフォース夫人役には、ケイティ・ジョンソンが扮し、その自然で温かみのある演技が高い評価を受けました。さらに、強盗団の個性豊かなメンバーとして、ピーター・セラーズ、ハーバート・ロム、セシル・パーカーといった名優たちが脇を固め、作品に深みを与えています。

物語は、ロンドンのキングス・クロス界隈でアパートを経営するウィルバーフォース夫人の日常から始まります。夫に先立たれ、ペットのオウムと共に暮らす彼女は、孤独を紛らわすかのように、地元の警察署を訪れては警官たちと会話を交わすのを習慣としていますが、そのあまりの純粋さに警官たちはやや辟易している様子です。

そんな夫人のもとに、マーカス教授と名乗る男性が現れます。彼は、自らの弦楽五重奏団の練習場所として、夫人の家の二階の部屋を使いたいと申し出ます。一人暮らしの夫人は、賑やかになることを歓迎し、快く部屋を貸すことにします。翌日、教授は楽団員と称するコートニー少佐、ルイス、ハリー、そしてワンラウンドという異名の男を連れてやってきます。

しかし、彼らは音楽家ではなく、綿密な計画に基づき現金輸送車を襲撃しようとする犯罪グループでした。彼らは部屋で弦楽五重奏のレコードをかけ、それを音楽の練習に見せかけながら、実際には無線機を使って現金輸送車の位置を探り、強奪計画の最終的な打ち合わせを進めていたのです。一方、彼らの真の目的を全く知らないウィルバーフォース夫人は、聞こえてくる音楽を本物の演奏だと思い込み、感動して彼らにお茶などを差し入れたり、善意からの行動で図らずも彼らの計画に干渉したりします。夫人の純真さや予期せぬ行動は、プロであるはずの男たちをしばしば混乱させ、計画に微妙な影響を与えます。

様々な障害がありながらも、彼らはついに計画を実行し、多額の現金の強奪に成功します。しかし、その成功の陰で、ウィルバーフォース夫人が彼らの秘密に気づいてしまったことから、事態は急変します。夫人の存在が、強盗団にとって最大の、そして最も始末に困る問題となるのです。ここから物語は、強盗団の予測をはるかに超える、滑稽で不条理な展開へと突き進んでいきます。

本作は、その完成度の高さからコメディ映画の傑作として広く認められており、1967年には「映画史上のコメディ・ベスト10」にも選ばれています。また、2004年にはアメリカでコーエン兄弟が『レディ・キラーズ』としてリメイクを手がけており、舞台をアメリカ南部に移すなど、現代的な解釈が加えられています。リメイク版ではトム・ハンクスが主演を務めました。

『マダムと泥棒』は、善良さと悪、そして計画と偶然が交錯することで生まれるユニークなユーモアを通して、観る者に笑いと深い印象を与える、まさに時代を超えたコメディの金字塔と言えるでしょう。

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