マックス・ロスタル

マックス・ロスタル（Max Rostal, 1905年 8月7日 – 1991年 8月6日）は、オーストリア帝国（現在のポーランド領チェシン）にユダヤ人の家庭に生まれたヴァイオリニストであり、世界的に影響力のある音楽教師でした。多方面にわたる音楽活動を通じて、後進の育成、演奏、そして楽譜の校訂といった分野で重要な足跡を残しました。

彼の音楽教育の基礎は、ベルリン高等音楽院でのカール・フレッシュへの師事によって築かれました。フレッシュの指導を受け、その助手も務めた後、1930年から1933年にかけて、彼はフレッシュの後任として母校の教壇に立ちました。しかし、ナチス政権の台頭という政治的な激動の中で、ロスタルは1933年にイギリスへの亡命を余儀なくされます。ロンドンに移住後、1944年から1957年までギルドホール音楽学校でヴァイオリンを教えました。

第二次世界大戦後、ドイツとスイスでも教育活動を展開します。1957年から1982年までドイツのケルン音楽大学で教授を務め、1958年からはスイスのベルン音楽院でも指導にあたりました。これらの教育機関を通じて、彼は数多くの優れたヴァイオリニストやヴィオリストを育て上げました。その門下からは、イフラ・ニーマン、エディト・パイネマン、イェニー・アベル、ウルフ・ヘルシャー、イヴリー・ギトリス、トマス・ツェートマイアー、ウート・ウーギ、イゴール・オジムといった国際的に活躍するソリストや教育者が輩出されています。特筆すべきは、アマデウス弦楽四重奏団のメンバーや、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のトーマス・ブランディス、レオン・シュピーラー、ライナー・ゾンネ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のダニエル・ゲーテ、バイエルン放送交響楽団のトビアス・スタイマンスといった、ドイツやオーストリアの主要オーケストラでコンサートマスターを務めた多くの門下生を育てたことです。これは彼の教育者としての卓越した能力を示すものです。

演奏家としては、ドイツやオーストリアの古典から現代までの幅広いレパートリーを自在に操りましたが、特に同時代の新しい音楽の擁護者としての活動は特筆されます。多くの録音を遺しており、バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、ベルクやハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲、ドビュッシーのヴァイオリン・ソナタなど、20世紀の重要作品を積極的に紹介しました。また、イギリス音楽にも深い関心を持ち、ディーリアスやウォルトンといった作曲家の作品を世界に広める努力をしました。その一環として、バーナード・スティーヴンスにはヴァイオリン協奏曲第1番の作曲を委嘱し、完成後に自身の演奏で録音を行っています。

現代作品の初演にも貢献しており、アラン・ブッシュからはヴァイオリン協奏曲（1946年-1948年作曲）を献呈され、1949年にその初演を行いました。ベンジャミン・フランケルからも無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番（1942年）を献呈され、その初演と録音を遺しています。

教育活動や演奏活動の傍ら、楽譜出版社のショットで校訂者を務め、多くの楽譜の運指や運弓に関する注釈を加えました。また、ピアノスコアの作成も手がけています。彼の校訂した楽譜は、バッハの無伴奏ソナタ・パルティータ、ベートーヴェン、モーツァルトの協奏曲やソナタ、シューベルトの室内楽やソナタ、チャイコフスキーの協奏曲など、ヴァイオリンとヴィオラのための広範な作品にわたります。

1991年にベルンで逝去しましたが、その音楽的な遺産は今もなお受け継がれています。特に、若手音楽家の育成への情熱は、彼が亡くなる直前の1991年にベルリンで設立したマックス・ロスタル国際ヴァイオリン・ヴィオラコンクールに結実しました。このコンクールは現在も3年ごとに開催され、才能ある若い弦楽器奏者の登竜門となっています。

彼は教育者、演奏家、そして現代音楽の理解者として、20世紀の音楽界に多大な影響を与えました。その著作には、ベートーヴェンのヴァイオリンソナタに関する研究書や、ヴァイオリン演奏法に関する指導書、自伝的な回想録などがあります。

著作・校訂譜（一部抜粋）

著作

Studie in Quinten für Violine und Klavier, Mainz
Ludwig van Beethoven: Die Sonaten für Klavier und Violin, Mainz 1981/1991
Handbuch zum Geigenspiel: ein begleitender Ratgeber für Ausbildung und Beruf, Bern 1997
Violin-Schlüssel-Erlebnise: Erinnerungen, Berlin 2007

ヴァイオリンのための校訂譜

J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV 1001-1006
ベートーヴェン: ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ
モーツァルト: ヴァイオリン協奏曲 KV 218, 219 他
シューベルト: ロンド D 438, ソナタ D 574 他
チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲
カール・フレッシュ: スケールシステム
ヤコブ・ドント: 24のエチュードとカプリス op. 35

ヴィオラのための校訂譜

シューベルト: アルペジオーネソナタ D 821
シューマン: インテルメッツォ
カール・フレッシュ: 基礎練習

ロスタルの活動は、単なる演奏や教育にとどまらず、楽譜の普及や新しい才能の発掘にも及び、現代音楽史におけるその功績は計り知れません。

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