マット・ウィン

ケンタッキーダービーの父：マット・ウィンとその功績

マット・ウィン（1861年-1949年）の名は、ケンタッキーダービーの歴史に深く刻まれています。ルイビル生まれの彼は、13歳で初めてダービーを目にした際、その魅力にとりこまれ、後にその運命を大きく変えることになります。

若い頃は、様々な職業を転々とした後、地元で洋裁店を営んでいました。転機が訪れたのは1902年。顧客から、経営難に陥っていたチャーチルダウンズ競馬場の買収を依頼されたのです。競馬の専門知識は皆無に等しかったウィンでしたが、この挑戦に飛びつきました。

ウィンはルイビルの市民から資金を集め、競馬場買収を実現。市長を社長に迎え、自身は副社長に就任。その後、ゼネラルマネージャーにも昇進し、実質的な支配人として手腕を発揮しました。ウィンは、ただ優れた経営者だったわけではありませんでした。彼は類まれな人望と交渉力、そしてメディア戦略の達人でもありました。

彼の周囲には、彼を「鉄よりもタフ」「素晴らしく素敵な老人」と評する者たちがいました。ウィンは、従業員への深い愛情を持ち、世界中の人々と幅広い人脈を築いていました。その人柄と社交性は、彼の事業成功の大きな要因と言えるでしょう。彼は特にマスコミとの良好な関係を重視し、ニューヨークの有力記者たちを味方につけました。そのため、時には八百長疑惑のようなスキャンダルも巧みに処理することができたのです。

ウィンは、チャーチルダウンズを上流階級の人々にもアピールするためにクラブハウスを改修し、会員制度を導入。広報活動にも力を入れました。また、当時、チャーチルダウンズはウエスタンターフ協会という競馬場の統括団体に所属していましたが、不利な開催日程を押し付けられることに反発。対抗勢力と手を組み、アメリカンターフ協会を設立し、自らの地位を盤石なものにしました。その活動はアメリカ国内にとどまらず、メキシコでの競馬開催支援にも及ぶほどでした。

ウィン最大の功績は、パリミュチュエル方式の導入でしょう。1908年、ルイビル市政府がブックメーカーによる賭博を禁止した際、ウィンはパリミュチュエル方式の集計機械が法の抜け穴となることを発見。古くなった機械を収集し、この方式を導入したのです。これにより、不正の温床とされていたブックメーカー方式から脱却し、競馬の健全性を高めることに成功しました。この革新的な取り組みは、他の州にも波及し、全米の競馬界に大きな影響を与えました。

さらに、ウィンはケンタッキーダービーをアメリカ最大の競走に押し上げました。当時、ダービーは地方の小さなイベントに過ぎませんでした。しかし、ウィンは東部から有力馬を誘致し、メディア戦略を駆使することで、ダービーの知名度と人気を飛躍的に高めました。東海岸の名馬主の馬が優勝するなど、ダービーの権威を高めていったのです。

第二次世界大戦中の1943年には、ダービーの中止通告を受けましたが、ウィンは「たとえ出走馬が2頭でも」と開催を断行しました。彼はルイビルの市民に協力を呼びかけ、その結果、予想をはるかに上回る観客が詰めかけました。この時のダービーは「Streetcar Derby」と呼ばれ、人々の記憶に刻まれています。

ウィンはダービーの75周年を祝うことを目標としていましたが、1949年、その目標を達成した直後に亡くなりました。しかし、彼の功績は、ケンタッキーダービーという世界的なイベントの基礎を築いたこと、そしてアメリカ競馬界の発展に大きく貢献したことにあります。彼の名は、永遠に競馬史に刻まれるでしょう。彼の功績を称え、チャーチルダウンズでは「マットウィンステークス」が毎年開催されています。そして、2017年にはアメリカ競馬殿堂入りを果たしました。彼の生涯は、並外れた情熱と戦略、そして人望によって、不可能を可能にした物語として語り継がれています。

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