マトラ・M530

マトラM530：家族のためのスポーツカー

マトラM530は、フランスのマトラ社が1967年から1972年まで製造し、1973年まで販売されたスポーツカーです。同社の先行モデルである「ジェット」の後継車として開発され、それまでの純粋なスポーツカーとは異なるアプローチで市場に挑みました。

開発の背景とコンセプト

マトラ社は、ルノーのゴルディーニエンジンを搭載したミッドシップスポーツカー「ジェット」を生産していましたが、高い製造コストと限られた市場規模に課題を抱えていました。そこで、マトラのトップであるジャン・リュック・ラガルデールは、新たなターゲット層として「戦後生まれの若い家族」に着目。家族でも使える実用性と、スポーティな走りを両立させた車両の開発を決定しました。

さらに、レース活動との連携も視野に入れ、ル・マン・プロトタイプ「MS620」のデザインを踏襲。シムカ出身のエンジニア、フィリップ・グェドン率いる開発チームによって、マトラ初の完全自社開発市販車であるM530が誕生しました。1967年のジュネーヴ・モーターショーで発表されたM530は、ロングホイールベース、高いサスペンションストローク、2+2シーターのレイアウトを採用し、ファミリーカーとしての側面も持ち合わせていました。

軽量設計と航空機技術

M530の大きな特徴は、軽量設計です。FRP製のボディとフレーム、リベット留めを多用するなど、航空機技術を応用した生産技術が採用されました。FRP製のシートバックも軽量化に貢献しています。マトラ社自身もM530を「友達のための車 (voiture des copains)」と称し、純粋なスポーツカーとは異なる、親しみやすいキャラクターを目指していたことが分かります。

エンジンとパワートレイン

エンジンは、フォード・タウヌス15M用の60°V型4気筒エンジンを搭載。最高出力は73～75馬力と、決して高出力ではありませんでしたが、当時のターゲット層である若い家族にとって扱いやすいパワーと実用性を両立していました。このエンジンは、コンパクトで扱いやすいため、1969年までF1活動でフォードと協力関係にあったマトラにとって最適な選択でした。

デザインと機構

M530は、タルガトップと取り外し式のアクリル製リアウインドウを採用。オープンエア・モータリングを安全に楽しめる設計は、当時としては非常に先進的でした。この機構がポルシェ914やフィアットX1/9などで一般化するのは、1970年代に入ってからです。

1970年にはマイナーチェンジを行い、「M530LX」に名称変更。リア周りを中心にジョヴァンニ・ミケロッティによるデザイン改良が施され、ステンレスの装飾やテール部のブラックアウトが施されました。

1971年には廉価版の「M530SX」が登場しました。固定式ルーフ、黒塗りバンパー、ボディ同色テール、シトロエン2CVのようなヘッドライトとフォグランプなどが特徴でしたが、個性的なデザインが災いし、販売台数は伸び悩みました。

販売と生産終了

M530は、販売当初の1,700cc 73馬力から、1969年には75馬力へとパワーアップ。最盛期には年間2,000台以上の販売を記録し、ライバルであるアルピーヌA110を上回る販売台数を達成しました。しかし、マトラ社のモータースポーツ部門の赤字が膨れ上がり、1970年にはクライスラー・フランスに乗用車販売権を譲渡。フォードV4エンジンの供給が途絶え、後継車種開発も困難になったことから、1973年に販売を終了しました。総生産台数は約9,609台でした。

日本での展開とモータースポーツ

日本には、極東貿易（後のFET極東）が正規輸入を計画し、1970年の東京レーシングカーショーに出展されましたが、保安基準適合の問題で頓挫しました。その後、少量の並行輸入が行われたにとどまりました。

モータースポーツ活動も活発ではありませんでしたが、1969年にはモンテカルロラリーの前哨戦である地中海ラリーに参戦。マトラワークスチームとして3台がエントリーしましたが、いずれもリタイアという結果に終わりました。

まとめ

マトラM530は、若い家族層をターゲットとした実用性とスポーティさを兼ね備えた個性的なスポーツカーでした。その先進的なデザインや機構、そして販売戦略は、今日の自動車産業にも影響を与えたといえるでしょう。希少なモデルであるため、コレクターの間でも高い人気を誇っています。

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