マドレーヌ・ルノー

フランス演劇史において、マドレーヌ・ルノー（Madeleine Renaud, 1900年 2月21日 - 1994年 9月23日）は、20世紀を代表する偉大な女優の一人としてその名を刻んでいます。国立劇団コメディ・フランセーズでの輝かしい経歴に加え、夫ジャン＝ルイ・バローと共に創設・主宰したルノー＝バロー劇団での革新的な活動は、後世に大きな影響を与えました。

生い立ちと初期の活躍

パリに生まれたマドレーヌ・ルノー（本名：リュシー・マドレーヌ・ルノー）は、幼い頃から芸術への関心が高く、フランス国立高等演劇学校（コンセルヴァトワール）で本格的に演劇を学びました。同期には、後に世界的に活躍する俳優シャルル・ボワイエがいました。コンセルヴァトワールでは優秀な成績を収め、卒業後、フランスの権威ある国立劇団コメディ・フランセーズに入団します（1921年）。

コメディ・フランセーズでは、古典から新作まで幅広い役柄をこなし、その高い演技力と表現力で劇団の看板女優の一人となりました。在籍中に演じた役は127にも及びます。私生活では、1923年に劇団員のシャルル・グランヴァルと結婚（後に離婚）し、息子ジャン＝ピエール・グランヴァルをもうけています。

ジャン＝ルイ・バローとの出会いと「ルノー＝バロー劇団」

マドレーヌ・ルノーのキャリアにおいて重要な転機となったのは、1936年の映画『美しき青春』での共演者、ジャン＝ルイ・バローとの出会いでした。二人は深く結ばれ、1940年頃に結婚します。第二次世界大戦後、より実験的で自由な演劇を目指した二人は、1946年にコメディ・フランセーズを離れ、「ルノー＝バロー劇団（la compagnie Renaud-Barrault）」を立ち上げました。劇団はパリのマリニー劇場を拠点に、古典劇の新しい解釈や、サミュエル・ベケット、ジャン・ジュネ、マルグリット・デュラスといった当時の前衛的な作家の作品を意欲的に上演し、高い評価を得ます。

1959年には、文化相アンドレ・マルローの要請により、劇団は国立劇場であるオデオン座に移転し、ジャン＝ルイ・バローがその支配人を務めます。しかし、1968年の五月革命の混乱の中で劇場が占拠された責任を問われ、劇団はオデオン座を追放されてしまいます。その後、劇団は一時的に拠点を失い、各地を転々としながら活動を続けましたが、1981年にロン・ポワン劇場に落ち着き、再び安定した活動を展開しました。

国際的な活躍とレパートリーの多様性

ルノー＝バロー劇団はフランス国内のみならず、積極的に海外ツアーを行い、その芸術性を世界に示しました。日本へも3度（1960年、1977年、1979年）来演し、日本の観客に深い感銘を与えました。特に後二回の来日では、息子ジャン＝ピエール・グランヴァルが演出家として同行しました。

マドレーヌ・ルノーの女優としてのレパートリーは驚くほど多彩でした。モリエール、マリヴォー、ジロドゥ、クローデルといったフランスの作家から、シェイクスピア、ミュッセ、カフカ、モンテルラン、ベケット、ジュネ、デュラスに至るまで、あらゆる時代の、あらゆるスタイルの戯曲に挑戦し、役柄の深層を探求しました。

また、彼女は舞台のみならず、映画の世界でも活躍しました。1922年以降、約40本の映画に出演しており、日本でも公開された作品には、『母の手』（1933年）、『美しき青春』（1936年）、『快楽』（1952年）、『史上最大の作戦』（1962年）などがあります。

晩年

長年苦楽を共にした夫ジャン＝ルイ・バローが1994年1月に世を去ったわずか8ヶ月後の同年9月、マドレーヌ・ルノーも94歳でその波乱に満ちた生涯を閉じました。二人はパリのパッシー墓地に仲良く並んで埋葬されています。マドレーヌ・ルノーの情熱的な演技と、ジャン＝ルイ・バローとの協働によるルノー＝バロー劇団の功績は、フランス演劇史において永遠に語り継がれるでしょう。

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