マニフォールド・トリロジー

『マニフォールド・トリロジー』は、イギリスの著名なSF作家、スティーヴン・バクスターによって1999年から2003年にかけて世に送り出されたSF小説の三部作です。これに加えて、関連する短編をまとめた一冊が刊行されており、シリーズ全体は三つの長編小説と一冊の短編集から成り立っています。

「マニフォールド（Manifold）」というシリーズ名が示唆するように、この作品群は「多様性」や「多面性」、あるいは数学における「多様体」という意味を内包しています。各長編作品はそれぞれが独立した宇宙を舞台としており、時系列的な連続性はありません。しかし、根底にあるテーマにおいて深く結びついています。

シリーズに共通する要素として、各巻に同一、または非常に類似した人物が登場することが挙げられます。特に、主人公であるリード・マレンファントは、元宇宙飛行士でありながら野心的な起業家という顔を持ち、三作すべてで中心的な役割を担います。彼はそれぞれの作品世界で全く異なる境遇に置かれつつも、複雑な陰謀や巨大な謎に巻き込まれていきます。物語は比較的穏やかな近未来の地球で幕を開けますが、次第にスケールは拡大し、遠い未来や宇宙の深淵へと読者を誘います。

この三部作の核となっているのは、SFにおける古典的な問いである「フェルミのパラドックス」、すなわち「宇宙には地球外知的生命が存在するはずなのに、なぜ人類は遭遇しないのか？」という謎に対する探求です。バクスターは各作品において、このパラドックスに対する独自の、そして全く異なる解決策を提示しています。

第一作である『Manifold: Time』は、人類やその創造物（AIなど）のレベルを超える知的生命体がほぼ完全に存在しない宇宙を描いています。この世界観では、高度な生命が存在しないことがパラドックスの理由とされます。

第二作『Manifold: Space』では、一作目とは対照的に、生命が宇宙に遍く存在し、知的生命体も数多く誕生する宇宙を提案します。しかし、この宇宙では周期的に発生する宇宙規模の災厄によって、知的生命が高度な文明を築き上げたり、宇宙全体に広がる前に絶えず滅ぼされてしまう、という解決策が示されます。

第三作『Manifold: Origin』は、先の二作の中間的な思想を取り入れた多元宇宙論に基づく世界観を採用しています。この作品では、知的生命がそれぞれ異なる並行宇宙に存在しているため、互いに遭遇することがない、という可能性を示すことでフェルミのパラドックスを説明します。

短編集である『Phase Space』は、これら三つの長編に関連するテーマを扱った短編が収録されています。地球や宇宙、マニフォールドという概念、そしてフェルミのパラドックスといったシリーズの主要な要素を掘り下げています。

バクスターがこのシリーズを執筆するきっかけとなったのは、デビュー前に構想した短編作品に基づいています。その短編に登場する、光速を超えないテレポートリンクで銀河を移動する低技術のエイリアン種族と、定期的に爆発する中性子星の設定から、「なぜ彼らの技術はそれ以上発展しなかったのか？」「何が彼らを停滞させていたのか？」という疑問を抱いたことが、やがてフェルミのパラドックスへの深い探求へと繋がり、本三部作および短編集の誕生へと結実しました。

『マニフォールド・トリロジー』は、壮大なスケールと緻密な考証、そしてフェルミのパラドックスという知的な問いに、それぞれの作品が異なる角度から迫ることで、読者に多様な宇宙の可能性と人類の立ち位置について深く考えさせる、スティーヴン・バクスターの代表的なシリーズの一つと言えるでしょう。

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